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わたしたちが火の中で失くしたもの(マリアーナ・エンリケス、安藤哲行[訳]/河出書房新社)

投稿日:2018年11月26日 更新日:

  • 「ホラーのプリンセス」の名を持つ著者による短篇集
  • 文学にホラー要素を組みこんだもの
  • 現代社会の情勢を取りこんでいる
  • おススメ度:★★★★☆

【はじめに】

著者は、現代アルゼンチンの作家で、本短篇集で「ホラーのプリンセス」なる地位を固めたらしい(本人の意向はともかく)。しかし、読んでみると単純なホラー作家ではないようです。個人的な印象としては、文学的題材にホラーの要素をうまく組みこんで、なかなかの味わい深さ。著者は、スティーヴン・キングに影響を受けたそうなのですが、この短篇集はけっしてホラー作品ではないと感じました。現実の世界を文学的に書いていて、その世界がいかにホラーじみているのかを時に(コルタサル的な)幻想文学として描き出してもいます。登場する女性が狂気に触れようとする一歩手前のあやうさを思わせるところは、著者が言及するシャーリイ・ジャクスンっぽくもあります。

著者が言うには、ソラリスもホラー小説だとして読んだそうですし、ねじの回転もホラーと受け取っているようです。その他、様々な文学作品に触れているようで、ホラーというジャンルに縛られない作家のようです。

現代のアルゼンチン(や南米)の光景に、突然ホラー的な描写が差し挟まれるところが個人的には良かったです。しかし、通俗的(?)なホラーを期待しない方がいいかもしれません。
では、以下に、各短篇の簡単な感想などを書きます。

【ちょっとネタバレがあるかもしれない感想】

『汚い子』……ブエノスアイレスで一番危険な地区に住む「わたし」の話。彼女の近所に住む「汚い子とその母親」との姿が見えなくなった後、首を斬られた子どもの死体が発見されます。この事件に首を斬られたある聖人との過去が重なるところは、この土地の歴史を見るよう。「わたし」は殺されたその子どもが、あの「汚い子」ではないかと思いこみます。街の雰囲気と「わたし」の狂気じみた妄想が混じり合ってなかなかよい。女性とストリートチルドレン的な子どもとの対比がこの一編に奥行きを与えているよう。

『オステリア』……フロレンシアとロシオのふたりは、ホテルのオーナーであるエレーナに報復するべく、彼女のベッドにある仕掛けをしようとする。その決行の夜、ふたりは恐怖の極致に追いやられるような出来事に襲われます。このあたりはゴシックホラー的なのですが、そのありさまは読んでのお楽しみ。物語の最後にフロレンシアを待っていた妹の言葉がこれまたおそろしい。この一編もそうですが、本短篇集には少し百合(レズ)ものを思わせる部分があります。

『酔いしれた歳月』……「訳者あとがき」によると、この一篇には、「独裁政権崩壊後」が「遠景」となっているようです。若者たちがドラッグで酔いしれた年月のことが印象的に描かれています。

『アデーラの家』……これはまんまゴシックホラーです。アデーラという片腕のない少女(「先天性欠損症」)と、語り手である「わたし」とその兄をめぐる話。幽霊の出るという廃屋にとりつかれた兄は、アデーラと「わたし」との三人でその屋敷に向かうのです。これは単なる幽霊屋敷もののホラーなのでしょうが、身体欠損や、失踪に自殺という事件を書きながら、あるひとつの屋敷に社会の暗部のようなものが見えるような気がするというと穿ちすぎでしょうか。これは本短篇集の中でも一番ホラー的作品として楽しめます。

『パブリートは小さな釘を打った』……殺人現場を巡る観光バスに乗って、ツアー客にその解説をするというパブロの話。大昔の犯罪者の幽霊が彼の前に現れ、まるで彼はなにかの口寄せであるかのようにその犯行の様子を語りだしたりします。「アルゼンチンの暗い面」をあらわした一篇。

『蜘蛛の巣』……伯父たちの娘に魅力を感じる「わたし」は、自分の夫を軽蔑し常に彼に対する害意のようなものを感じています。ある時、この三人はパラグアイへ買い物に出かけて腐敗した政治の一端を見ます。その帰途に夫への殺意めいたものを募らせる「わたし」でした。はたしてラストに起こったこととは・・・。これもまた南米の政治情勢やらが背景になっています。

『学年末』……とにかく痛い作品。あまり目立たなかったマルセラは、ある日、爪を引き抜きカッターナイフで頬を傷つけ髪をかきむしります。それは何のせいだったのか、そして「わたし」に起こったことは何だったのかは読んでみてください。

『わたしたちにはぜんぜん肉がない』……拾ってきた頭蓋骨にとり憑かれた「わたし」の話。拾った骨を完全なものにするために「わたし」がとろうとする行動とは・・・。

『隣の中庭』……良い条件の家を借りられたパウラとミゲル。パウラはある時大きなノックの音で目覚めます。精神的に不安定になる彼女とミゲルとの対比が彼女のしでかした過去の出来事を浮かびあがらせます。パウラは隣の中庭に鎖に繋がれた子どもを幻視しますが、それは彼女の以前の仕事と関係がありました。鬱状態に陥っている彼女の状態がその幻覚と並行して描かれます。なんとなくジャック・ケッチャムの例の有名作品を思わせます。

『黒い水の下』……都市の汚わいと、それが人々へと伝染したかのような感じの短篇。汚染された川沿いの町で起きた事件を追う検事マリーナの話。その淀んだ川のある街で彼女が見たものとは・・・

『緑、赤、オレンジ』……ひきこもりのマルコ(欝病)とチャットする「わたし」。この一篇には、日本の「ヒキコモリ」が「流行病」として描かれ、またマルコが語る日本の幽霊のことなど、日本関連のことが出てきます。その他、世界に蔓延する暴力や病変が、インターネットというメディアを通して描かれます。これを読んだ時に、ちょっとアニメの『Serial-experiments-lain』を思い出しました。

『わたしたちが火の中で失くしたもの』……夫に火をつけられ火傷を負った女性が出てきます。そしてその後、「焚火」という、女性が火傷を負う事件が頻発します。これは、女性に対する男性の暴力。それから、抗議としての「燃える女たち」の、自ら「燃える」という行動に移行します。これは歴史上燃やされ(迫害され)続けてきた女性たちが、新たな存在へと生まれ変わる再生の炎になるのだろうか、ということを読後に考えました。

【さいごに】

私は読んでみてとてもおもしろくて、じんわりと怖かったです。はじめに書いたとおり、通俗的なホラー小説ではありません。文学とホラーの融合というか、実人生にはホラー要素に満ちていることを知らされました。というか、ホラーとか文学とかいうジャンルにとらわれずに読むといいかと思われます。

(成城比丘太郎)


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