創作

アウムヘイズ殲滅記(きうら)

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  • 自作の短編ダークファンタジー
  • ひたすら気持ち悪い
  • 受けないだろうと思ったら受けなかった
  • おススメ度:評価不能

【前書き】
本来ならさっきまで見ていた「僕のヒーローアカデミア」のことでも書いた方がいいんだろうが、不意に気分が変わって古い小説を引っ張り出してきた。読んでの通り、無意識にエヴァンゲリオンのパロディのようなことをやっている気がする。また、これは失敗した長編小説の最期の部分だけをリメイクしたものなのだ。

それはともかく「能力者もの」はいつの時代も一定の人気があるがヒロアカや呪術廻戦などを見ていても一定のフォーマットがあることがよく分かる。前者はあくまでもそのフォーマットを逸脱せずに美しく、後者はなんだかそれが嫌になってきたような作風に思える。私も似た構想で同じような小説を書いたので、読んでるとなんだか作者の気持ちの方がよく分かる。もう一度ラノベを書く気力が戻ってきたら、ぜひ、そんな作品を書いてみたい。こんな、ただ投げやりな気分の小説ではなく。

【本編】
「何をしてる! 早く逃げろ!」
大混乱に陥った群衆の中、衛士らしき中年の男に声をかけられた少女は、ゆっくりと顔を上げ、満足げに微笑んだ。
「どうぞ、お気になさらずに」
「おい! 魔物が来るんだぞ。もう物見の塔からも見えてるらしいンだ」
男はもどかしげに言い募った。彼も早く逃げたかったのだが、出来なかった。その少女が余りにも美しかったからだ。
大きな琥珀色の瞳に真っ白な肌、栗色の髪は肩口で綺麗に巻いて揃っている。空色のワンピースはふわりと柔らかく、皺のない裾は清潔に揺れていた。
少女は、けぶるような笑みを浮かべ、男に答えた。
「お先にお逃げ下さいませ」
男はなおも未練がましく少女を舐めるように眺めていたが、不意に自分の命より大切なものはないと思い出したようだった。
「チッ、もったいねぇ」
少女は慌てふためいて逃げていく男を微笑んで見送ると、逃げ惑う群衆を巧みに避けて、小さな家屋前の石の階段に座った。両膝を抱えるようにして手を組んで、その艶あでやかな顎を載せ、ぼんやりと目の前の大混乱を眺めた。
「あまりに遅いので迎えに来ました。早くお戻り下さい」
いつの間にか男が彼女の隣に立っていた。真っ黒な上着と長いズボンを履いた長身の若い男。伸ばしっぱなしの髪の毛の下から、鈍色の目だけが光っていた。
「見てよルーヴ。みんな逃げていくね」
「当然です。魔物が来るんですから」
「フフフ、可笑しい」
少女は顔を上げ、ころころと嗤った。
「ねえルーヴ。どうしてみんなこんなに死にたくないの? 生きているのが辛くないの? そんな訳ないよね。生きるのは辛い、苦しい、我慢ばっかり」
また嗤う。
「おかしい」
ルーヴと呼ばれた男はうんざりとして手を伸ばす。
「またその話ですか。毎回、あなたはそうやって自分を正当化する。とにかく、早く戻ってください」
「正当化? 死こそ本当の幸せでしょう。あらゆる欲望とそれに比例する苦しみからの解放。さっきの男を見た? 私を犯しかったのに、命が惜しくて逃げていったわ。そしてまた、その満たされない欲望に苦しむのよ」
「でも、みんな殺してしまうんでしょう。レイリ」
「もちろん。それが役目ですもの」
不意にルーヴはよろめいた。
「ああ、また、始まるのか。私たちはもう元に戻れないのか」
「成長しないわね、貴方あなた」
少女レイリは僅かに嘲りの意味を込めて眉間を寄せた。その表情こそ、彼女の美しさを最大限引き立てていた。
「人は必ず眠るわ、安らぎを求めて。私はそれを手伝うだけ。夢を見ない永遠の全き安らぎ。何の不満があって?」
「貴方は闇しか見てない。人間には光も喜びもある」
「どれくらい。それは一生のうちどれくらいあるの? 楽しい気分はどれくらい続くの、ねえ? 苦しみと喜び。天秤は極端に偏ってるのよ」
ルーヴはその長身を屈めて、地面に座り込んだ。
「その天秤こそ人間なんだ」
「本当にそう思うの。心からそう信じてる人は何人いるの」
「それでも生きたいんだ」
ルーヴの声は小さく消えていく。
「それが人間だから」
「嘘ばっかり」
レイリは立ち上がると、スカートの裾を整えた。
「一万人の人がいて、百人が人生を謳歌しているとしても、残りの九千九百人は苦しみにもがいてる。たった、それだけの数の人間を楽しませるために、多くの人が苦しんでる。こんな不公平なことはない」
レイリはルーヴの頭に手を置く。
「私は私を辱めた人間を許せない。私の体を破壊して、心を叩き割った。毎日、体中から血を流し、眠ることすら許されず、意識を失っても悪夢に苦しんだ。だけど『銀色の目』が私を魔物使いとして生まれ変わらせてくれた。だから、私は私の役目を果たす」
「もう嫌だ。もう嫌だ。もう嫌だ……もう誰も殺したくない」
「恐れないで。私たちは人間を苦しみから救い出すのよ」
「レイリ……」
ルーヴは顔を上げ、空虚な表情でため息を吐いた。
「あなたは確かに過酷な試練を乗り越えて選ばれた。僕もそうだ。僕たちは選ばれたんだ」
「その通りよ。貴方はね」
レイリはそのまま、彼に覆いかぶさるようにして抱いた。
「十二番目の魔物よ」
ルーヴが顔を上げると、額と額がくっついた。
「そしてあなたは地上最強の二十六番目の魔物だ。だけど」
「だけど?」
「あいつは動かないのか?」
「まさか」
「だが、最近『灰色の首』が刺客を送り込んだらしい」
「操っているのはあの『翼の公女』様よ」
レイリは酷く明るく嗤って顔を上げた。
その視線のはるか向こうに、城の塔よりも高い黒い影が見えた。
「余計なことは考えないで。さあ、行きましょう」
「分かりました。そのために私が来たのですから」
群衆は狂ったように叫びながら、街路を駆けている。男、女、若者、子供、老人、この城塞都市に住むありとあらゆる人間が恐慌に陥っていた。
誰も気が付かないうちに、二人の姿は消えていた。

×   ×   ×

強風が吹き荒れる崖の上で、二人の女が対峙していた。
一人は真っ白なフード付きローブを着た女。年齢不詳の丸みを帯びた顔に、少し目じりの下がった優し気な牡丹色の瞳を大きく見開いて、眼前の女を眺めている。
もう一人は草色の短衣と明るい土色の短いスカートを皮ベルトで留めた少女。強い意志を秘めた蒼い眼と固く結んだ唇のまま、同じく真っ直ぐにローブの女を見据えている。強風が彼女の肩までの黒髪を滅茶苦茶になびかせる。
「いつかこの日が来ることは予見していましたよ」
ローブの女は、優し気に声を掛けた。まるで、午後のお茶会のように穏やかに。
「ようやく見つけたぞ。翼の公女ルヨシノ」
少女はいきなり腰の刺突剣を抜刀した。
「あら、綺麗な剣捌きね。誰に似たのかしら」
「黙れ! 余計な言葉は喋るな。私の質問にただ答えろ」
「ふふふ、何でも話すわ。一人きりで退屈してたから」
「人並みの口を叩くな。十七番目の魔物め」
「ではあなたは魔物の娘よ。ストリナ」
ローブの女の言葉を聞くと、少女の眼は瞋恚に煌めいた。
「その名前を二度と呼ぶな。私はテマリだ」
「名前を変えたくらいで、真実は変えられないわ」
少女は剣を構え、一歩ルヨシノに近づいた。
「翼の公女、新雪よりも白く清らかな処女、負け知らずの戦いの女神、その全てを投げ打って魔物となり国を救った英雄。お前は生きる伝説の女だった」
「そんな風に呼ばれたわね」
少女は怒りで肩を震わせた。
「全部虚像だ! お前は淫売よろしく父を閨に誘い込んだ。そして私が生まれてしまった。言え、どうして私を産んだんだ」
狂ったように吹き荒れる風の中、ルヨシノはフードを払った。腰まで届く長い黒髪が嵐に嬲なぶられ、おどろに乱れた。
「そんなことを聞きに来たの? まるで赤ん坊のよう。では、教えてあげるわ。全部、復讐よ。私を国の玩具おもちゃにして、散々弄んだ人々への復讐。私を聖女に祭り上げ、私という一人の人間を無にした父王、妃、下僕ども、愚民たち全てに示したのよ。翼の公女なんて居なかった。本当の希望なんてない。ただ、一人の苦しんだ女がいただけ。その証があなた。あなたは私の人間性なのよ。誰も認めてくれなかったけど」
瞬間、少女が放った一撃は鋭かった。しかし、ルヨシノも懐の短剣でその刺突を鮮やかに逸らせた。
「いい腕ね」
少女は飛び退くと、信じられない思いで、目の前の女を見つめた。
「何てこと。命を掛けた一撃を捌いた!」
「私を戦いの女神と呼んだのはあなたよ」
「黙れ黙れ黙れ! お前の下らない復讐のせいで、私がどれだけ苦しんだことか。存在しない幽霊として、奴隷として、魔物使いの娘として、あらゆる地獄を味わった」
「それが人生よ。それが人間なの。受け入れるしかないわ。でも、もう飽きちゃった」
ルヨシノはおどけて見せた。
「どんな美しいものも、醜いものも見てきた。尖塔から臨む春の曙光、臓物がばら撒かれた戦場。美男美女、賢者に愚者。そして、多くのなんてことのない人々。でも、飽きたの。全部飽きちゃった。だから一抜けた」
ルヨシノはその短剣を唐突に自分の左胸に深々と突き刺した。
「さようならストリナ。私の娘。あなたが今から十七番目の魔物よ」
ルヨシノは静かにその場に崩れていく。溢れた鮮血はローブを赤く染め上げる。
「待て! 私は魔物になりたくなんてない! 私はただ……」
テマリはその場に座り込んだ。
「生まれた意味を知りたかっただけなのに。ただ、それだけだったのに」
嵐はいつの間にか止んでいた。
「厳しい試練の先には、何も無かった。空洞だ。母という女が残したこの世界は何。この巨大な空洞はいったい何なの?」
その時、明らかに異質な何かが彼女の心に侵入してきた。
「ようこそ、新しい『使い手』よ。今日からあなたが」
「違う! 私は違うの!」
「十七番目の魔物だ」

×   ×   ×

十七番目の魔物は咆哮した。
地の底から響くような、太く、大きく、全てを揺さぶる轟音だった。
十七番目の魔物は続けざまに幾度も重い咆哮を轟かせた。

アウムヘイズ王都の崩壊は既に始まっていた。
城壁を乗り越えて侵入してきた二十六番目の魔物は、その中に無数の人間たちが逃げ惑っているのを見つけた。
中心にある一つの目を見開いてそれをはっきり認めた魔物は、臓物の様な醜い体の側面に多数の穴を広げ、べちゃりとした塊を地面に落とした。地面に落ちた塊は瞬時に小型の魔物に姿を変えた。その小さな魔物の分身はやはり内蔵のような姿をしていたが、鉤爪のある桃色の足が幾本か生えていて、その足を使ってすぐに歩き始めた。そして、体の半分もあるような大きな口を開け、人間たちを食べ始めた。その間もボタボタと塊は落ち続ける。人間を咀嚼した小型の魔物は、腹を膨らませ、また人間を襲う。そして、はち切れんばかりに膨れると、そのまま真ん中から弾ける様にちぎれて、二体に増えた。そしてまた、三本や五本や七本の足で、逃げ惑う人間たちを探し回った。男も女も、子供も老人も関係ない。皆、恐怖に見開かれた瞳と悲痛な悲鳴と一緒に、一口で体のほとんどを食いちぎられ絶命した。
二十六番目の魔物の本体は長い尻尾を縦横に振るい、石造りの家屋を次々と破壊し始めた。その尻尾は厭らしい濃赤色の縞模様をしていた。長さは一つの塔に丸々巻き付けるほど長く、恐ろしく太くて強靭だった。魔物の尻尾の力が余りに凄まじいため、強固な城壁や石造りの塔が、まるで積木細工のように崩れ落ちた。猛烈な土煙が舞い上がる。勢いよく飛び散った破片でさらに多くの建物が崩壊した。二十六番目の魔物よりも大きな尖塔も、尻尾の一振りで根本から折れ崩れ、魔物に激突して粉々に分解し、瓦礫と粉塵をばらまいた。石の雨が降る。
二十六番目の魔物自身は、無数の繊毛状の足で、ゆっくりと王城を目指して移動した。今度は体の上部に別の大きな穴を開けると、紫がかった激しい煙を吐き出した。煙は重たく沈んで町に広がっていく。この毒霧に触れると、人間に限らず、あらゆる生物が水分を失い、干からびて朽ちて崩れた。
様々な悲鳴と意味不明な言葉を上げて逃げ惑う人々も、霧に巻かれて瞬時にその場に崩れ落ちた。狂乱した無数の人々が、次々と沈黙して倒れていく様はこの毒霧の力を示していた。
分裂した小型の魔物は、さらに変異を遂げ、翼を得るもの、針を吐くもの、酸化して弾けるもの、火をまとって燃え上がるものなど、様々に増えていた。彼らは共食いも始め、また分裂するので、無限に増殖していくかに見えた。
それらの頭上では、黒い球体である十二番目の魔物が、ぐるぐると旋回し、人間を見つけては、虹色の光線を舐めるように照射した。その光を浴びた人間は、一瞬骨格が透過されたかと思うと、次の瞬間、全身の肉という肉が水のように溶けた。光は塔や家もお構いなしに貫くので、まだ物理的に破壊されてない街区でも、家から溶けた人間や動物の溶液が川のように流れ出てきた。また、気まぐれな十二番目の魔物は時々、その体を落下させ、家ごと人間を押しつぶした。その動きは素早く、魔物が地上で転げ回ると、そこには赤く染まった汚らしい更地が出来上がった。
アウムヘイズの兵士たちは、魔物に備えて武装していたが、いったい、どんな抵抗が可能だったと言えるだろう。唯一、効果があると思われた弩級も、魔物に体に届くことは無く、魔物が張り巡らす氷の壁に弾かれて凍って折れた。それもほんの最初だけで、すぐに兵士も群衆に交じって逃げ始めた。魔物と戦う術すべなど、人間にあるはずがない。
すでにアウムヘイズの城塞都市は、五分の一ほどが破壊されていた。それは陽が登ってから朝餉の時間までに終わっていた。

十七番目の魔物は、中心の王城を挟んだ反対側、墓場のある大森で目覚めた。そこでも既に小型の魔物が何百体も徘徊していた。彼らの一部は自らの体を燃え上させ、木々に火を放っていたので、十七番目の魔物の下半分は、煙と炎に巻かれていた。
十七番目の魔物は、青とも灰色とも言える金属的な色の巨大な三日月のように見えた。燃え盛る森の中の下半身には、無数ともいえる木の根のような足があり、幾何学的に複雑に絡み合っていた。
体の中心には三つの鍵爪の生えた巨大な手が二本伸びており、それが今ゆっくりと動き始めた。頭部にあたる三日月状の先端は刃のように薄く尖っており、二つの小さな丸い目が一対あった。彼は首を回し、王城に迫ろうとする二十六番目の魔物を認めた。

そして、再び咆哮した。

二十年近い眠りにあった魔物の体からは、厚く堆積した土砂が雪崩をうって落ちた。力強い腕の先、三つの爪は鈍い金属音を立てて次第に自由を取り戻していく。
無数の根のような足も、力を取り戻した。その動き方は非常に変則的で、まるで植物が根を伸ばすように複雑に絡み合いながら地面をがっしり捉え、高く重い体を動かし始めた。
既にその足には、小型の魔物が無数に食らいついていたが、十七番目の魔物は気にも留めなかった。足を動かすたびにそれらは絡まった足の中に巻き込まれ、汚らしく潰れた。

災厄の只中にあって、十七番目の魔物は覚醒したのだ。

この魔物は背が高かった。それは七つの塔を持つ王城よりも高く、巨大な二十六番目の魔物を眼下に見下ろすほどであった。足は動くたびに軋んで独特の音を発した。鉄扉をこじ開けるような奇怪な響きだった。遠くからは二本の手が付いた半円状の巨塊が、複雑に動く奇妙な足に運ばれていくように見えた。
この新たな戦場の動きを、敵対する魔物たちが見逃すはずはなかった。
十二番目の魔物は、大聖堂に避難していた数千人の人間を溶解させながら押しつぶしていたが、十七番目の魔物の咆哮を聞くと、そのまま宙に浮きあがり、びかりびかりと威嚇的に輝いて見せた。彼のものは二十六番目の魔物の護衛でもあったので、一旦はその近くまで戻ったが、声なき指令に反応し、すぐさま攻撃に転じた。
十二番目の魔物の攻撃は単純だが強力だ。その速度と硬度を活かして、砲丸のように自らを放った。
十七番目の魔物は、その金属的な体から、緩慢な動作をすると思われていた。しかし、唸りを上げて襲い掛かってきた十二番目の魔物の体を、二本の腕を伸ばして、瞬時に受け止めた。そして、剛力に任せて球体の魔物を潰し始めた。聞いたこともない様な鈍くて深い摩擦音がした。
不意に十二番目の魔物が聞くに耐えないでたらめな音を発した。球体の上面がぱっくりと楕円状に開くと、何本もの舌のような扁平な触手を伸ばして十七番目の魔物の手に巻き付かせた。それは強い酸液を滴らせて鍵爪を溶かそうとした。同時に激しく発光し、溶解光線を照射した。全て無駄な抵抗だった。酸液は流れ落ち、光はそっくり反射された。十七番目の魔物は力を緩めない。触手が苦しげに踊り狂う中、やがてバキリという音がして、十二番目の魔物の体全体に亀裂が走った。魔物は激しく明滅した。ひび割れからは、黒い液体が滴る。
十七番目の魔物は、両の腕を横に振りかぶるとこの魔物を投げつけた。魔物は激しい勢いで吹き飛んで王城の塔の上部を粉砕し、そのまま二十六番目の魔物に衝突するかに見えた。しかし、彼の魔物も瞬時に氷の壁を立てて防御し、仲間の体を左に弾いた。黒い破片をまき散らしながら、十二番目の魔物はまだ残っていた東の街区を破壊し何度も跳ね、最後に城壁を派手にぶち抜いて止まった。まだ光を発してはいたが、何本もの長い舌のような汚らしい触手をだらりと伸ばし、その姿は戦意を喪失したように思えた。
二十六番目の魔物は一つ目を見開き、今やはっきりと怒りを示していた。これまで、二体一組で幾度も魔物と対峙したが、従えた魔物の攻撃が失敗することは無かった。あまつさえ、破壊されるなど生まれてこの方記憶にないことだ。その報復に、魔物は全身の穴という穴を開くと、火山のように自らの体組織を噴射した。それはありとあらゆる毒物を含んだ岩石様の物質で、ある一定の高さに達すると、いきなり弾けた。その破片は分裂し、アウムヘイズ全域に降り注いだ。まるで剣の雨だった。それらは建物や地面に当たると炸裂し、爆発した。崩れる建物、千切れ飛ぶ死体、そこここで吹き上がる炎柱。さらに細かくなった破片は鋭い貫通力を持って四散し、何もかもズタズタに切り裂いた。
それは十七番目の魔物にも執拗に降り続けたが、その皮膚は余りに強固で、何の傷も負わせることができなかった。あらゆる種類の毒も同じく無力だった。
十七番目の魔物は絡まった足を激しく蠢動させ、進撃を開始した。この程度の攻撃など何の意味もないと言わんばかりに、全身を炎に包まれながらゆっくりと王城を迂回した。
二十六番目の魔物の怒りも収まるところを知らなかった。噴射攻撃が終わると、ぎろりと一つ目を動かし、真っ黒な霧を鯨のように吹き上げた。よく見るとそれは砂つぶより小さい魔物の集まりで、それぞれは羽のあるダニような形をしていた。それらは瞬く間に拡散し、どんな隙間にも潜り込み、奇跡的に生き残っていた人々を食らい始めた。十七番目の魔物の体もこの肉食の黒い雲に覆われたが、その皮膚にはどこにも穴が無く、一匹たりとも体内に入り込めなかった。どんな防御作用があるのか、十七番目の魔物の体に触れた微細な魔物は感電したように黒焦げになり、埃のように舞い散った。
一方、町にばら撒かれた大小さまざまな魔物が跋扈する血塗れの宴は、最高潮に達していた。一番厚い石壁と金属の大扉で覆われた王の隠れ家も、壁を食い破ってきた魔物に発見された。その最初の一匹は侵入を果たすとしばらく動かなかった。王と貴族、そのえり抜きの親衛隊数百名は固唾をのんでその動きを見守っていた。最も腕の立つ、剛毅な騎士がそれに切りつけた。すると、そこが割れ、異常に臭い瓦斯ガスが漏れた。その匂いだけで幾人もの婦人が失神した。しかし、それはさらなる死の饗宴の始まりの合図に過ぎなかった。
やがて、壁の裂け目から次々と小型の魔物が侵入してきた。彼らはすぐに思いのままに殺戮を始めた。単純に噛みついて人体を破壊するもの、酸を放射し溶解させるもの、溶岩のように広がって灼熱し焼き殺すもの、頭に覆い被さって騎士を乗っ取り、剣を振わせるものさえいた。奇怪な魔物に満たされたその部屋は、ただ殺戮のみに支配された。
王は姫と妃を抱いて、剣を抜いて抗おうとしたが、そんなことは全く無意味だった。飛び切り大きな魔物によって、三人はほぼ同時に上半身を食いちぎられた。何かを考える暇もなかったに違いない。魔物は魔物だ。王と言えども容赦したりはしない。

その王城の前で、二体の魔物は至近距離で対峙していた。

二十六番目の魔物は、本来の役目であるアウムヘイズの殲滅戦をほぼ完了していた。しかし、想定外の敵対する魔物が目の前に存在している。かの魔物は、本物の心臓のように脈動しながら、思案を重ねていた。この魔物は動かないはずだった。なぜ、傲岸に立ち塞がっているのか。十二番目の魔物を容易く破壊したことから、決して弱い相手とは思えない。
一方、十七番目の魔物は、訳の分からない破壊衝動に駆られていた。それは目の前にいる魔物に向けられたものだった。何が自分を動かしているのかは分からなかったが、とにかく、この魔物は葬り去らねばならない、と考えていた。
先手を先手を取ったのは二十六番目の魔物だった。この魔物はよく考える魔物だった。その為、これまで自らを鈍重な魔物と見せかけていた。だが、それはある種の擬態である。無数の繊毛を動かせば、どんな駿馬よりも早く動けるのだ。さらにこの魔物は、必殺の一撃を隠し持っていた。すなわち、体内奥深くに備えた太くて鋭い刺突用の破壊針だった。
十七番目の魔物の理解は追い付かなかった。いきなり敵が接近したかと思うと、腹部に激しい衝撃を覚え、そのまま後ろに吹き飛ばされた。崩れかけた王城は十七番目の魔物の体を受け止めきれず、隣国まで響くような轟音を立てて倒壊した。その勢いは数々の建物を打ち砕いても衰えず、分厚い城壁も破壊し、その後ろの峻険な山に激突して漸く静止した。
十七番目の魔物が体を立て直し、視線を落とすと、自らの腹部に深いヒビが入っているのが見えた。生まれてから自らを傷つけられたのは初めての経験だった。灰色の体液が噴出している。だが、その逡巡を見逃してくれるほど、敵は甘くはなかった。
十七番目の魔物は、再び魔物の激突を受けた。今度は亀裂だけでは済まず、腹部が大きく弾けた。だが、一度見せられた攻撃を二度、同様に受けるほど愚かでもなかった。それはいわば、一種の誘いでもあった。破壊針の貫通力は、本体の加速力があってこそのものだ。針を打ち込まれながらも、十七番目の魔物は、鍵爪を目一杯広げて、二十六番目の魔物を捕まえ勢いを削いでいた。
間髪置かず十七番目の魔物は、大きく仰け反り首を振って、刃のように尖った顔の先端を、敵の魔物に打ち付けた。それは二十六番目の魔物の体の上部を一つ目ごと深く切り裂いた。そこからは赤黒い液体が熱く噴出した。かの魔物にしても、体を傷つけられるのは初めての経験であった。慌てて氷の障壁を張ったが、再び打ち付けられた鋭い頭部によって、呆気なく砕かれた。
十七番目の魔物は鋭く咆哮した。
二十六番目の魔物は苦し紛れに破壊針を何度も繰り出した。しかし、体の中の力だけでは、相手は傷つかない。そこで、その長い尻尾を振るって、相手を叩きつけた。これは効果があった。十七番目の魔物の足がいくつか砕けて、金属の破片の様に飛び散るのが見えた。ただ、致命傷ではない。そのお返しとばかりに、また、体に鋭い頭を深く打ち込まれる。感じたことのない奇妙で不快な感覚を、二十六番目の魔物は最初、なんと表現していいのか分からなかった。それが苦痛なのだと理解するに及び、全身に怒りが満ち満ちた。

二十六番目の魔物も身体中を穴だらけにして咆哮し、激しく暴れた。

十七番目の魔物の両腕は決して敵手を離さなかったが、相手の剛力に引きずられ、再びアウムヘイズ市街に引きずり戻された。すると、死んだと思っていた十二番目の魔物が浮き上がり、決死の体当たりを繰り返してきた。黒い球体は既にボロボロだったが、その攻撃で、十七番目の魔物の額も割れ、灰色の体液が片目を曇らせた。それでも首を鎌のように振るって、十二番目の魔物を打ち返す。
三体の魔物は、互いに激しく攻撃を繰り返しながら、アウムヘイズを蹂躙した。その犠牲者は、今や都の住人となった小型の魔物たちだった。
魔物たちによる死の円舞は、徹底した破壊を無限に繰り返すように思えた。だが、十七番目の魔物が、ちょうど十回目に打ち込んだ一撃で、二十六番目の魔物の奥深くにあるどす黒い球根のような生命元が破壊された。巨大な魔物を支えていた生命元は、灼熱する溶岩溜まりのような体液を満載していた。衝撃で飛び散った体液は、体内のありとあらゆる毒物と化合し、猛烈な爆発を誘発した。それが合成を重ねた魔物の体組織の完全な分解を連鎖させる。その分解によって生じた巨大な力は、地上で弾けた太陽を思わせた。凄まじい崩壊であった。十二番目の魔物もそれによって瞬時に粉砕され蒸発した。大地震のような揺れが起こった。熱爆風はありとあらゆるものを薙ぎ払い、焼き尽くしながら、四方の山の上まで駆け上った。灼熱する二十六番目の魔物を中心に爆発は際限なく拡大し続けた。

完全な破壊は厳かな空白の時間を作り出した。

その中心に、原形を無くした十七番目の魔物は立っていたが、それもほんの少しの間だった。その体は徐々に崩壊し、金属のような、硝子のような破片となって、未だ吹き荒れる爆風に飛ばされ、ゆっくりと崩れていった。最後には足先ひとつまで目に見えないほど細かく分解された。
人間も、魔物も、その他の何もかもが、ただ、損なわれた。
ただただ、壊れた。
消え去ってしまった。

<了>

-創作
-, ,

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