★★★★☆

インスマスの影(H・P・ラヴクラフト、南條竹則〔訳〕/新潮文庫)

投稿日:2019年11月8日 更新日:

  • 「クトゥルー神話傑作選」
  • 妄想体系の始点
  • 翻訳に多少の難点はあるけど、初心者向けのセレクト
  • おススメ度:★★★★☆

ラヴクラフトのクトゥルー神話関係の傑作をあつめたもの。クトゥルー神話が誕生して100年が経ちます。この(妄想)神話体系は追随者やホラー作家のみならず、あらゆる物書きに何かしらの影響を与えていると思います。本書は、はじめてクトゥルー神話ものに入門したい人に向けては、セレクションとしてもお値段的にも手軽なものとしておススメできます。ただし、固有名詞など翻訳の一部には首をかしげたくなるところがありますけども。

(収録作品)

「異次元の色彩」
「ダンウィッチの怪」
「クトゥルーの呼び声」
「ニャルラトホテプ」
「闇にささやくもの」
「暗闇の出没者」
「インスマスの影」

全7作品。「インスマスの影」と「クトゥルーの呼び声」以外は、ラヴクラフトの抱いていた妄想・・・ならぬ、天体からの何らかの電波を受信した・・・ならぬ、地球外の大宇宙には人間の預かり知らぬ大いなる存在がいて人知の及ばぬ影響を陰に陽にこの地球に与えているのではないかという著者の空想が遺憾なく発揮されています。遠い星星に何らかの生命の輝きを感じとれる素質のある人には存分に楽しめます。私としては、これら作品は何度も読んでますが、それでも胸のワクワクがおさまらなかった。

表題作の「インスマスの影」の内容についてはとくに書くことはありません。これを読むのはおそらく他の訳を含めても6回目くらいですが、あいかわらず面白い。読みだした最初の方はまるで文学(コンラッドの「闇の奥」とか)を読んでいるような感じですが、段々と「あっ、これだこれだ」という安心感のあるホラー体験。ラヴクラフトを読みはじめて約30年経つけども、これだけ読んでも飽きないのには何かわけがあるに違いない。これはおそらく、ファストフードを定期的に食べたくなるのに似ている。某ハンバーガーチェーン店のものを数カ月に1回無性に食べたくなるあの感覚。

先に書いたように、固有名詞の翻訳(日本語表記)には一部おかしなところがあります。神名についての表記は従来のものと違っても別にいいのですが、それとは他の表記、たとえば「ナコト写本」を「プナコトゥス写本」と書くなら、そのわけを「解説」に書くのではなく、本文の脚注か何かで書いてほしかった。あと、従来の翻訳と大幅に異なる表記についてもできる限りそうしてほしかった。もしそうしていれば初心者向けには、本書を手放しでおススメできたでしょうに。

それと、翻訳の日本語文は概ね読みやすいのですが、「ダンウィッチの怪」だけ、以前読んだ別の訳とは違い、なぜか読みにくかった。というか、後半部分で描かれた光景や場面を映像化して読むのに手こずった。これは原文の問題なのかもしれないけど。この他にも、いくつか日本語としての文の繋ぎに関して、意味が取りづらい面があった。しかし、それらは気にしなければどうということはないです。

まあ、まとめとしては、いろんな翻訳でラヴクラフト(クトゥルー神話もの)が読めるのは、本当にぜいたくなことだということです。これからも日本語訳で色々出版されるかもしれませんが、こういったいろんな翻訳を楽しむというのは、日本語を解する者のうれしい特権といいたくなるほどです。

(成城比丘太郎)


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