★★★★☆

ガルヴェイアスの犬(ジョゼ・ルイス・ペイショット、木下眞穂[訳]/新潮クレスト・ブックス)

投稿日:2018年8月26日 更新日:

  • ペイショット作品の初邦訳
  • ポルトガルの一寒村に落下した物体(のにおい)があばく村人の生活
  • 土地に積み重ねられた記憶の層と、生命のつながり
  • おススメ度:★★★★☆

一九八四年一月、ポルトガルの寒村であるガルヴェイアスに、宇宙から謎の物体が落下して、村人たちを驚かせる。その物体は強烈な硫黄のにおいを発し、村全体を硫黄の匂いで包みこみ、やがて、「嵐のような豪雨」が七日続いた後、犬を除いてその物体(「名もない物」)のことをみんな忘れてしまう。そして一月の出来事が語られたのち、一九八四年九月に舞台がかわり、全く雨の降らない厳しい季節が訪れる。
導入部分としては、どこか派手な幕開けのようにも思えるが、作品を通しての印象は非常に良い意味で地味である。においに取り巻かれて地上に生きる人間(と犬)の生活を丹念に描き出したもの。そのさまがよい。

作者のペイショットは、現代ポルトガルを代表する文学者。ポルトガル文学はほとんど読んだことがなく、ましてやこの著者の名前すら知らなかった。ペイショットは私とほぼ同年であり、「訳者あとがき」によるとポルトガルでは数少ない専業作家だとのこと(うまやらしい)。本作の舞台となったガルヴェイアスは作者の故郷だそうで、なるほど、この説得力はそのせいかと思った。とにかく出てくる人(と場所)が生き生きしている。それぞれが何がしかの過去を携え、石のように確固としつつも空のようにも変わる感情をもてあそび、この世界という場に臨場している。その登場人物たちに寄り添うのが犬たちで、村全体を彼(女)たちが動き回って、村人を見つめ続けている。そして、犬が村にマーキングされたにおいをたどるようにこの物語はすすんでいく。やがて、そのにおいが染みついた場所が浮かんでくる。

「土地は、その内から命を生みだす。それから、その命を大事に守り、養い、地平線と道を与えてやる。そのあと、いずれは貸しを取り戻すのだ。植物も動物も土地に倒れ、やがてその奥深く、中心に触れるまでに潜っていく。人類もまた、世代から世代へと受け継がれ、自分たちが住んでいた土地になる。土地こそが、これまで生きてきたもののすべてであり、それらが形をなくし、混じりあう場所なのだ。」(p51-52)

出てくるものたちはこの土地に結ばれたものたちである。この地を中心に村人の生活や過去が幾層も重なり、それらが有機的につながっていくさまがうかがえる。その中に異物的に介入したのが「名もない物」とされる物体と硫黄のにおい。それがこの村にいる者たちの生活を白日のもとにさらしだす。50年も会っていない兄への憎悪を自分の妻の死を契機に殺意に変える老人がいたり、夫の浮気相手に大便をぶっかける女性がいたり、おそろしい嫌がらせを受けた新任の女性教師が口汚くののしったり、その女性を下宿させている大家が彼女のトイレや風呂を覗こうとしたり、その他にも村を駆け回る郵便配達夫や、アルコール漬けの神父などなど、様々な村人たちの生活を断片的に見ていくようになっていて非常におもしろい。時に、アフリカやブラジルといった遠い場所も出てくるが、それらもまたこのガルヴェイアスに結び付けられている。とにかく数多くの人物が登場する(『毎日新聞』の書評によると、九十九人らしい)。ただし、日本人には似たようなと思える名前(姓名)が連続するので、集中して読まないとこんがらがることがないとはいえない。

本書の冒頭にルカによる福音書から引かれているように、この硫黄のにおいを放つ物体からは、神の怒りにより火と硫黄によって滅ぼされたソドムとゴモラの町(「創世記」)を想起させる。また、ある女性が飼うカサンドラという名の犬には予言への不信により滅んだトロイアの「カサンドラ」を思わせるものがある。これらから連想するのは、まさしく「黙示的」な世界のにおいであるといえるかもしれないが、なにかおそろしい出来事が起こるわけではない(殺人は起こるがたいしたことはない)。むしろ後半で起こる世代をつなぐ新たな生命の誕生が前向きさを思わせつつ、さながら救世主の誕生のようにも思えなくもない。

「みんなの目に見える物にはその形の上に見えない層が重なっている」という場であるガルヴェイアスは、「己が民を感じ」、「彼らに世界を与え、歳を重ねていく道筋をつくってやる。そしてある日、彼らを自分の内に迎え入れる。母の胎内に戻ってくる子どもたちのように。ガルヴェイアスは己が民をつねに庇護してくれる。」

この宇宙の片隅にある寒村に刻みつけられた記憶と生活をたどる物語。または、「ポルトガルがもっともポルトガルらしかった最後の時」(「訳者あとがき」)をどこか懐かしさをもって味わえる作品だった。

(成城比丘太郎)


-★★★★☆
-, , , ,

執筆者:

関連記事

クージョ(スティーヴン・キング、永井淳〔訳〕/新潮文庫)

狂犬病にかかった犬がもたらす恐怖 恐怖を中心にして描かれる家族のありよう 日常に潜む崩壊は、ふとしたときに身を寄せてくる おススメ度:★★★★☆ 一か月前の投稿で、「スティーヴン・キングはあまり読む気 …

メドゥーサ(E・H・ヴィシャック、安原和見〔訳〕/ナイトランド叢書)~読書メモ(46)

「幻の海洋奇譚」 海洋冒険ものの序盤から、怪奇ものの後半へ 恐怖とは暗示に満ちた不定形なもの おススメ度:★★★★☆ 【はじめに】 『メドゥーサ』は1929年発表で、海洋冒険を装った怪奇幻想小説。本書 …

ヒトごろし(京極夏彦/講談社) 【概要編】ネタばれなし(歴史ものにネタばれがあるとして)

土方歳三目線の新撰組伝 徹底した「ヒトごろし」の理屈 面白い、そして長い おススメ度:★★★★☆ 【はじめに】 私は京極夏彦好きなので、この本もKindle版でサンプルをパラパラ読んで、買うことを決め …

絡新婦の理 (京極夏彦/講談社文庫) ~あらすじと感想、軽いネタバレ(前編)

目潰し魔と絞殺魔の事件を軸に進むシリーズ第5弾 展開が面白く、シリーズ中でも屈指の作品 これまでの京極堂の敵としては一番の難敵 おススメ度:★★★★☆ 著者の作品は結構な数を紹介しているので、恐らく私 …

犯人に告ぐ(雫井脩介/二葉文庫)

劇場型犯罪を追う警察小説の傑作 多少のけれん味はあるが緊迫した展開 真に迫るラスト。読ませる。 おススメ度;★★★★☆ これも映画化もされているようなので、有名な作品だ。いわゆる「劇場型犯罪(Wiki …

アーカイブ