★★★★☆

クトゥルーの呼び声(H・P・ラヴクラフト〔著〕、森瀬繚〔訳〕/星海社)

投稿日:2018年7月29日 更新日:

  • ラヴクラフトの入門書的作品集
  • クトゥルーにまつわる海洋ホラーを中心に
  • 巨大な力に抗えない人の無力さ
  • おススメ度:★★★★☆

さて、本書は去年の秋に、「クトゥルー神話生誕100周年記念」として刊行されました。内容的に海にまつわるものがあるので、読むのを真夏のこの時期にまで延ばしていました(海洋ホラーは夏に読みたいから)。2017年というと、クトゥルー神話誕生から100年ということとともに、ラヴクラフトの没後80年にもあたっていたんですね。クトゥルー神話作品をそれほど読んだわけではないものの、やはり何度読んでも面白いですね。この面白さはどこからくるのだろうか。コズミックホラーということで、文章だけからしか味わえない恐怖といったところでしょうか。いかにして想像力を発揮させるか、要は、提示された資料から己の妄想力(想像力)をどれくらいふくらますことができるか、そういったところが読みどころでしょうか。
ところで、クトゥルーとクトゥルフと、主に二通りの読み方があるのですが、本書によるとどうやらクトゥルーの方が一般的になりつつあるようです。

『ダゴン』は記念すべきクトゥルー神話第一作です。この作品と、『クトゥルーの呼び声』『インスマスを覆う影』については何度目か分からないくらい読んでますが、やはり興味深い。翻訳の文章も読みやすい(それがいいのかどうかは分かりませんが)。『インスマス~』は現代に舞台を置き換えて読むと、身近な恐怖として楽しめるような翻訳になっていると思います。『永劫より出でて』は、二度目だが面白く読めた。

おそらく初めて読んだ『神殿』は、海底にある神殿にまつわる怪異譚です。ドイツ海軍の潜水艦が主な舞台で、乗組員が次々に精神に異常をきたすというサイコホラー的なものとしても読めます。クトゥルー神話におなじみの(?)「象牙細工の彫像」といったアイテムがなければ、まあふつうの(?)サイコサスペンス的なものと読めるでしょうか。

『マーティンズ・ビーチの恐怖』も初読の一篇。海に棲む怪物をモチーフにした海洋譚で、これこそ夏に読みたいホラー。海に引きずり込まれようとする人を大勢がロープで引っ張り上げようとするも、謎の力によって、ロープを握る手が離せなくなり、人々は恐慌状態に陥ります。巨大な存在の前には人間など無力だというクトゥルー神話恐怖譚の萌芽を思わせます。

『墳丘』もまた初めて読むと思う。これは、クトゥルー信仰の起源へ至る作品ですが、ホラーというより、なんだかSFの要素も感じました(失念したけど似たような作品を読んだことある)。墳丘に現れるインディアンの(ものらしき)幽霊目撃から話がはじまります。墳丘の謎を探ろうとする人々が次々と失踪を遂げ、それを語り手の「私」が調査しようとするのです。丘で「私」がスペイン人の書付を見つけるのですが、そこには驚くべき冒険譚が綴られていました。1541年にこの場所から地下世界へと至り、不思議な冒険をしたことが書かれていたのです。その地下世界にある都市には驚嘆すべき生物がいて、「一種の共産主義もしくは無政府状態」のような暮らしぶりをおくっていました。この作品執筆当時の全世界を覆いはじめた共産主義の勢いと何か関係があるのだろうか。また、現代社会を予見したかのような文章もあって、その辺りはおもしろかった。
この一篇は、「クトゥルーらの神々が眠りについた原因」をはじめて新設定として提示した作品のようです。

最後の『挫傷』は、本邦初訳だそうです。ある日、頭部に傷を負った男性が、そのことが原因で、「ムー大陸の滅亡にまつわる祖先の記憶」を幻視として体験するという筋立て。この作品は、ホワイトヘッドとの合作だそうです。合作のせいか、幻視体験の生々しさと、傷を負うというきっかけのつり合いには変な感じをおぼえました。

本書は、新訳ということで、クトゥルー神話初心者にもうってつけですが、難点(?)もあります。例えば従来の読みの変更。かの有名なアブドゥル・アルハザードという一般的なものを、「アルハズレッド」としています。まあこれはいいのですが、初版には誤字脱字が少なからず見かけられます。例えば、本来なら「虚勢を張った」となっていたはずのところが、「去勢を張った」となっていて、その箇所は読んだときはドキッとしました。

(成城比丘太郎)


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