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★★★☆☆

サンマイ崩れ(吉岡暁/角川ホラー文庫)~あらすじと感想

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  • 災害ボランティアに向かう若者の怪奇な短編
  • 書下ろしの「ウスサマ明王」は中々変わった内容
  • 前者は不条理系ホラー、後者はバトルもの
  • おススメ度:★★★☆☆

「サンマイ崩れ」というタイトルはとても秀逸だと思う。私は一度このタイトルを読んで、ホラー小説であることを知ってから、読もうかどうしようか迷いながら、半年くらいずっと覚えていた。調べてみるとどうやら「三昧場」の略称をカタカナで開いているようで、墓地や火葬場を意味するようだ。つまり、墓地が崩れた話、ということになる。第13回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。

(あらすじ)熊野の本宮に近い山村が台風による局地的な雨によって大きな被害を受けた。人口100人足らずの村で38人も死者が出たという。主人公は精神科の病院に入院している「僕」で、彼は病院を抜け出して、この大惨事の現場にボランティアのために向かう。そこで、二人の消防団員とワタナベさんという物腰の低い初老の人物と出会い、くだんの墓地に向かうが……という内容。

実は私は短編だと気づかずに読みだしたので、電子書籍で言えば20パーセントちょっと読んだところでいきなりオチがついて終わってしまってびっくりした。非常に短い小説だという印象で、物足りないということは無いが、想像していたような話の広がりはなかった。

ネタバレになるので、落ちについては触れることができないが、ホラー小説ではおなじみのあのネタが仕込まれている。ただ、周到な伏線を貼った短編というよりは、ラストの不可思議な雰囲気を楽しむタイプのホラーだと思う。そうするとワタナベさんの正体が良く分からなくなり「不条理」を感じないでもない。オチで勝負タイプの短編であるにも関わらず、そこに力点が置かれていないというのが何とも形容しがたい独特さがある。

ちなみに文章は一人称だが読みやすく、主人公はパニック障害と離人症性障害という設定だが、それほどエキセントリックでもなく、けっこう淡々と進んでいく。寧ろ方言や現場の様子などのディティールに優れており、これは次の中編「ウスサマ明王」でも同じことを感じた。

タイトルのインパクトほど、中身には驚かなかったが、椎名誠の超常小説にも通じる独自の感覚で書かれた短編なので、この書名が頭から離れなくなったら、一度読んでみてもいいかも知れない。

続いて「ウスサマ明王」についても、全文読んだので、簡単に紹介したい。

(あらすじ)明治39年、初夏を舞台に、凶作で流民となった浮浪の親子六人が山寺に身を寄せて悲劇に見舞われる様と、現代を舞台に老尼と特殊部隊が正体不明の怪物(ユーマル)と、けっこうリアルに戦うというのが大まかなストーリー。

上記のように、昔ばなしのような明治の話と、化け物と現代兵器で戦うバトル物という、水と油並みに毛色の違う話が交互に語られるので、最初はかなり混乱した。もちろん、この二つのストーリーには関連があるのだが、敢えて最初の方ではそれについては語らず、いきなり場面が切り替わる。

謎の化け物を追い続ける特殊部隊の描写に力が入っていて、それに関西弁を話す盲目の老尼がアクセントを付けているという感じになっている。どちらかと言えば、明治の寒村の話の方が怪談ぽくて好みだったが、そんなことはお構いなしにタクティカルな戦闘シーンと派手な見せ場がある。イメージとしては、洋画の戦場物のような感じで間違いない。

中編となっているが、けっこう長い話で、上記のようにディティールに凝った戦闘が続く。ただ、こちらも話の広がりは無く、何となくSFとホラーとアクションの間を揺れ動いているようで、いい意味でも悪い意味でもちょっとつかみどころがない感じ。余り類似した作品を小説では読んだことは無いが、私は岩明均の「寄生獣」の自衛隊と寄生獣(後藤)との戦闘シーンを思い出した。ご存知の方には、あのイメージに近いと説明できる。

こちらの落ちも結局良く分からないし、誰が主人公なのかもはっきりしない群像劇のようでもある。著作は2006年のこの一作だけのようだが、この個性的な作風は、展開の仕様によってはもっとメジャーになる気もするが、10年も新作がないということはこの一作で表舞台からは下りたのだろうか。それはそれで少々残念な気がするが、プロの世界の厳しさも何となく理解できるので、仕方ないのかも知れない。

(きうら)



サンマイ崩れ【電子書籍】[ 吉岡 暁 ]

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