★★★☆☆

チューイングボーン (大山尚利/角川ホラー文庫)

投稿日:2019年4月29日 更新日:

  • 自殺に絡むスリリングなサスペンス
  • 素直に面白い、だが
  • このテーマでこの作風は珍しい
  • オススメ度:★★★☆☆

【はじめに】

もし、何もこの本について予備知識がないなら、この先の紹介文章も含めて何の情報もないまま、とりあえず読まれてはどうか。この手のホラーに期待される要素は十分満たしていると思うし、だいたいの人は読んで損したとは思わないはず。ただ、個人的にこの本が歴史的ヒットとなっていない理由も分かる気がするので、気になる方は、いくぶん興が削がれることをご承知の上、続きをどうぞ。

【最小限の概要】

流行らない居酒屋でバイトの身分に甘んじている登は、大学時代の同じゼミ生の女の子から突然、会いたいと連絡を受ける。実際に会ってみると、その目的は告白などではなく、ビデオカメラで電車の展望室からビデオ撮影をして欲しいという奇妙な依頼だった。戸惑う登は、凶事につながるその依頼に巻き込まれていく。

【あまりネタバレしない紹介】

まず序盤の引きつけ方がうまい。上記のようなシチュエーションに突然放り込まれた登の戸惑いを、読書は共有できるからだ。それは、彼はブラブラしているフリーターというイメージから想像されるいい加減な性格ではなく、極めて冷静沈着だからだ。彼の一人称は、無理のある展開を噛み砕いて理解しようとし、それが読書とシンクロする作りになっている。分析や理解はちゃんと筋が通っていて、多少の違和感はあっても理解できる範囲である。

直接的な残酷描写もあるが、それがメインと言うよりは、一種の心理戦を楽しむ作りなので、テーマの割には凄惨さはあまり無い。ただ、恐らく作者の体験と重なっているのだろうが、電車やそこで起こる事件、バイトの様子などはリアルで不気味な印象を残す。

この手の小説の宿命として、必然的に読書は結末を予想しながら読むことになるが、これが結構いいタイミングで裏切られる。紋切り型の展開になっていないのは素直に評価したい。哲学的とも言える文章は、エキセントリックな設定を結構意外な結末へと導いていく。解説では「同じ展開を繰り返し単調なので工夫がいる」と書いてあっだが、それをしないとテーマが見えて来ないので、なかなか難しい注文だと思う。

解説で批判……ということからも分かる通り、本書は第12回角川ホラー小説大賞(2005年)長編賞を受賞した作品だ。この賞は結構辛口なので、長編賞を受賞している時点で十分評価されていると思う。ちなみに同じ年の大賞には有名な恒川光太郎の「夜市」が選ばれており、そちらに食われたような気がしないでもない。

では、これだけオススメ点がある割に手放しで推さない理由も述べておきたい。三つある。完全にネタバレになるのでご注意を。

【結末も含めた感想】

一つは「不可解な自殺」というテーマである。それ自体は現代Jホラー小説ではよくある題材だが、この小説の場合、物語の本質が「自殺」である。爆発的にヒットしたホラーは、死や絶望を描いていても、根底にはエネルギッシュな、或いは陽性の生命力に溢れていることが多いと思う。それは生・性への執着である。本気で自殺を考えている人がホラー小説を読みまくる、ということは考えにくいので、大体の読者は、怖い表現+それに抗する人間という構図を好んでいるのだと思う。しかし、この本はひたすら隠にこもり、どんどん内向きに沈んでいく。またテーマがテーマだけに余り大っぴらに賛美しにくいという矛盾が生じてしまっている。

二つ目はその内向きに沈んでいく切り替えに違和感があること。序盤は素晴らしいのだが、中盤から登の性格が微妙に変わっていく。それはモノローグで理由づけされるのだが、少しずつ共感が薄れていく。オチはよく分かるのだが、振り返ってみるとやはり違和感が大きい。当時の状況を考慮しても、この本に描かれる状況を作り出すことは難しいだろう。はっきり書けば電車への故意による自殺の誘導を50回も行って(しかもそれで商売をして)バレないはずがない。5回でもギリギリだ。この結末から逆引きされたような中盤に違和感があるのはそのせいだろう。ただ、読んでいる途中は余り気にならないとは思う。ここまで書いたので書いてしまうが、結局はスナッフフィルム(娯楽用のノンフィクション殺人ビデオ)の撮影なのである。それと登の母親の自殺が絡まって、悲しい結末を迎える……が、どうなんだろう。最後の方は主人公の感慨が複雑すぎてスッキリしないという感じ。

最後は仕方ないとも言えるが、時代性の喪失。簡単に言えば、設定が古くなってしまった。高校生ならスマホくらい当たり前の2019年に読むと、フリーターの登が携帯を持っておらず、家の電話でやり取りするのは違和感があった。何でも今の子供はスマホの受話器のマークが理解できないらしい。なぜiPhoneの電話のマークはあの形なのか疑問だそうだ(いつかは電話は四角いアイコンになるのか)。

そんな時代にあって、携帯電話すら持たず、アナログテープでビデオ撮影し、ビデオをダビングして売る、という設定には現実感が湧かないだろう。中途半端にネットも出てくるので、余計にそう思う。今ならネット配信……となるのだろうが、それも取り締まりが厳しくなってインターネット黎明期の混沌さは薄れてしまった。1990年以前に生まれた方はまだ大丈夫だと思うが……リアルタイムに読まなかったのは残念だとも言える。

というわけで、娯楽小説というにはいささか重すぎるが、かと言って文学作品というイメージでもなく、その点が受けなかったのかな、と思う。調べてみると、著者はその後も断続的に2014年まで作品を発表されているが、やはり一線級の作家とはなれなかったのだろう。偉そうに批判したが、私などよりよほどうまく書けるのにと思うと、厳しい世界だなと思う。

ちなみに作者は私と同い年のようだ。それで何となく腑に落ちた気がした。私たち、いわゆる団塊の世代ジュニアは、今も語り草になっているバブル経済とはスレスレで縁がなく、しかも人口が多いので修学・就職でも厳しい競争にさらされてきた。その中で、落ちこぼれた者の怨念のようなものが文章になっている気がする。

何にせよ、最近読んだ中ではなかなか面白かった作品。拾い物と言ってもいい。だから、最後にこっそり★4にしておこう。仮装大賞の評価みたいで申し訳ないが。

(きうら)


-★★★☆☆
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