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★★★★☆

ヒトごろし(京極夏彦/講談社) 【感想編】ネタばれあり

投稿日:2019年7月17日 更新日:

  • 土方歳三目線の新撰組伝の感想
  • 「ヒトごろし」とは何か
  • 殺人鬼が平和主義?
  • おススメ度:★★★★☆

「ヒトごろし」は新撰組をテーマにした京極夏彦の小説である。新撰組・副長、「鬼の」土方歳三を主人公に、一人称視点で、彼の生い立ちからその死までが描かれている。概要は前回述べたので、ネタバレなしで興味のある方はそちらの読書ガイド(?)をご参考に。

新撰組は時代の仇花のようなもので、それなりの存在感は示したものの、結局、主役ではなかった。しかし、苛烈な性格の男どもが寄り合って、何かを求めて活動していた。本書で描かれる土方歳三は、とにかく、ひたすら「ヒトごろし」をしたくて生きている男、という風に造形されている。

ちょっと聞くと「ヒトごろし」とは、ひどいテーマだが、幼少期に見た晴天に吹き上がる血しぶきが忘れられず、以後、どうやって合理的に人を殺すかを考え続けてる(という風に描かれている)。とにかく、この人殺しに関する執念は並々ならぬものがあり、幼少期の衝動的な殺人から、中盤~晩年の合法的な人殺しの仕組みづくりまで、徹底してそのことばかり考えている。新撰組を形作ったのも、本書によれば「合法的に人が斬れるから」という風になる。

普通に考えれば、無差別大量殺人鬼である。普通はそんな主人公に共感などできないし、ましてや延々と1200ページ以上もその理屈を呼んでも、ただ吐き気がするだけだ。しかし、本書はそうはなっていない。理由はいくつかある。

一つは、土方歳三は、何の感情もなく人を殺し、その殺人を好むが「無差別」ではないのである。確かに幼少期はそういう傾向があるのだが、長じるにつけ、そこに美学を持つ。まず、絞殺やその他の殺害方法を好かない。必ず血しぶきを上げる剣での斬撃にこだわる。さらに、殺す相手を選ぶようになる。不気味な殺人狂は、英雄視される沖田総司の方として描かれている。

また、土方歳三は自分が「人外(にんがい)」だという自覚もある。突き詰めていけば、ヒトごろし好きの外道となるのだが、その自覚があるため、無駄な殺生はしなくなる。正確には、殺すに値する相手を探して生きるようになる。その相手が、難しければ難しいほどいい。誰彼構わず切りまくる上記の沖田総司は心底嫌悪している。その辺の反目が面白い。

物語のテーマは、荒ぶる若年期を過ぎ、新撰組結成に至ると、土方が「誰を殺したいか」を選ぶ基準になってくる。この辺に独特の面白さが出てくる。簡単に言うと、土方は「理屈をこねて殺人に至る」者が大嫌いである。別の言い方をすると「人を殺したくないのに、結果的に人を殺すことになる」という思想を持った人間が大嫌いなのである。だから、彼は武士道を憎む。忠や義といった訳の分からない者も嫌う。なぜなら彼は純粋な「人殺し」なのであるから、そこにそれ以外の要素を持ち込まれると、激しく嫌悪する。

最初から殺すつもりだった芹沢鴨(初代局長)はともかく、理論派の山南や理想に殉じ剣も立つ伊東甲子太郎などは最たるものだ。とにかく、人殺しに理屈が付くのが大嫌いなのである。かと言って、沖田総司のような「殺人が趣味」という同類も嫌悪する。理屈は嫌いだが、無意味なものも嫌いなのである。一見矛盾するような考え方だが、本を読み進めるうち、彼が斬っているのは・切ろうと思うものは「人殺しの自覚がない人殺し」なのである。

これは中々深いテーマだ。普段、首が飛んだり足が飛んだり、とにかく無意味な死を扱ったホラーばかり多数読んでいるが、そういうのが許せないのである。土方は、理想、感情、利害など、そういったものを追求した結果、人を殺すのが大嫌いなのである。「人殺し」は純粋に人間ではない「ヒトごろし」であるべし、という主張がわかる。

これが行きつくところは「戦争」である。特に後半、鉄砲が登場し、武士が兵隊になって、ただの一般人が人殺しになることをとにかく嫌う。彼は戦争が嫌いなのである。土方に言わせればそれは「ヒトごろし」の専売特許であって、普通の人間が簡単に行ってはならない。ましてや理由なく多数の人間が殺されるのは、彼の持つ合理性から許せないのである。

という訳で、彼は殺人鬼であるにも関わらず、平和主義者のように見えてしまう。これが本書のテーマであろう。著者の京極夏彦は、殺人の本質から、現代の殺人、戦争を批判しているように思える。本書は10の小節に分かれているが、最後を除き文末で「俺は土方歳三だ」と名乗る。ただ、最後は「ただのヒトごろしだ」と言う。そこから何を汲み取るかは各人の自由、といったところだろう。

物語的には序盤から新撰組の隆盛期までは、抜群に面白い。ただ、仕方のない事だが、新撰組が崩壊してからはちょっと駆け足になって、勢いが無くなる。それも含めて設計されているように思えるが。概要編でも書いたが、小説としては面白いと思うので、テーマに興味があれば、少々値段が高いがおススメの一冊である。久しぶりに本を読んだという実感があった。

ここからは蛇足になるが、上記の理屈から逆引きすると世の中、自覚のない人殺しばかりだ。政治もそう、いじめもそう、SNSの誹謗中傷もそう、「お国のために」と言っている奴らもそう、とにかく、こざかしい利益や名声、支配欲、憎しみを持った奴らが多すぎる。というか、簡単に露出しすぎている。

まとめて「おまえら、まともな人間じゃないな」と言ってみたい。私は、本気でやるときは殺るつもりだが、たいていのことはどうでもいい。まあ、それが人間だと言われれば、私も若干「人外」なのかも知れない。そんなことを考えた。

(きうら)


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