- ペストに襲われた町の、約一年の記録。
- 登場人物数人の奮闘と、心境の変化が中心に描かれる。
- 翻訳の日本語文が読みにくいので、あまりおススメしない。
- おススメ度:★★☆☆☆
実際に本書を読むまでは、なぜか、『ペスト』は、中世ヨーローッパを舞台にした小説と思いこんでいました。ペストは「黒死病」ともよばれ、14世紀や17世紀に世界や欧州で大流行した歴史と、「ペスト医師」という奇妙な格好の姿(検索するとわかります)が、頭にあったからでしょう。その「ペスト医師」の姿はどこかで見たことがあるなと思ったら、『ベルセルク』で見たような気がする。漫画は手元にないので分らないが、この前見た新作アニメ版の記憶にあったような気がする。
ところで、なぜ私がこんな本編と関係ないことを、だらだら述べているかというと、内容に関して、書くことがそれほどないからです。簡単にあらすじを書くと、「194※年」、アルジェリアのオラン市という、「月並みに見える」町で、「死んだ鼠」が発見され、それが何らかの凶事の先兵を表象し、その後、悪事の大波としての熱病が町を襲い、それが、やがてペストであることが発覚するのです。最初は、ペストの可能性を頭に入れつつ、なぜか人々はそれを否定しようとする。約450ページのうち(文庫改版バージョン)、約100ページあたりで、ようやく市は閉鎖され、外界から隔離され、『ペスト』という作品の本番が始まった感じです。
『ペスト』は、医師である「リウー」の奮闘を中心に、「タルー」、神父の「パヌルー」、支庁の吏員「グラン」、犯罪者の「コタール」、新聞記者の「ランベール」他、数人の人物が、突然襲いかかった災厄を、どのように受け入れ、あるいは、お互いに助けあいながらペストの「病疫」に立ちむかったかが、えがかれています。しかし、この訳書の日本語文は、読みにくい箇所(読みにくいというより、何が書いているか分からない)がいくつもあり、私は、その人間関係の細かいドラマを、十全に理解できず、消化不良のまま読み終えた感じです。まあ、「ランベール」という人物が、閉鎖環境から抜け出そうと努力し、やがて心変わりをする、その過程だけは共感的に読むことができて、それだけは良かったですが。
さて、この作品は、実際に起こったことを書いたものではないので、いわば寓話として読むものなのでしょうが、現在では、どのような状況を想定して読めばよいのでしょうか。現在だと、感染症の大流行というより、大災害の方が身近で最も(人的被害の)危険性があるでしょう。病気もそうですが、災害(地震や津波など)による「不条理」は、人間(日本人の場合は特に)が甘受しなければならないものでしょう。原発事故による放射性物質汚染のように、肉眼では確認できないもの(ペスト菌も同様)に対する恐怖も顕在化しました。まあ、放射能の場合は人災のきらいもありますが、『ペスト』の中で、「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間……(中略)……眠りつつ生存することができ……(中略)……人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来る」とあるように、人間を襲う何かしらの危険は、常に伏在しているのでしょう。
結局、『ペスト』では、ペストを克服したというより、いつの間にか災厄が去っていた、という感じで、これは人間の無力さをあらわしているのかもしれません。「ペストと生とのかけにおいて、およそ人間がかちうることのできたものは、それは知識と記憶であった」という一文は、よく心にとどめておくべきものではないでしょうか。
最初(三行の説明部分)にも書きましたが、日本語の訳文が本当に読みにくいので、これを読書感想文に選ぼうと思っている学生さんなどは、やめておいてほうが無難でしょう。そのせいで、おススメ度は星2つというものになりました。むしろ、本文よりも、訳者「解説」の方が読みやすく、作品を概括的に捉えるには最適なので、邪道ですが、「解説」だけ読むという手もあります(おススメしませんが)。
(成城比丘太郎)