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★★★★☆

ペット・セマタリー【上・下】(スティーヴン・キング、深町眞理子[訳]/文春文庫)

投稿日:2018年12月12日 更新日:


  • 「モダン・ホラーの第一人者」であるS・キングが描く、死と愛の物語
  • 恐怖というより、いのちの峻厳さを感じる
  • 様々なパロディ(セルフパロディも含む)がある
  • おススメ度:★★★★☆

【はじめに、あらすじとか】

先日読んだ『わたしたちが火の中で失くしたもの』で著者のマリアーナ・エンリケスが、キングの本書を読んだことに深い印象を受けたとインタビューに答えていたそうなので、早速読んでみました。ちなみにこの『ペット・セマタリー』を読むのは初めてだと思います(読んだ覚えがないと、読んでみてわかった)。本書の映画化作品である『ペット・セメタリー』は、昔テレビで観ました。しかし、その時の印象はあまり覚えていません。なんせ、小学生の時にホラー映画を観ても怖いと思ったことがあまりないくらいなので・・・。ところで、映画の日本語名(ペット・セメタリー)は本書『ぺット・セマタリー』と名称が違うのですが、本書「訳者あとがき」で簡単なその理由を知りました。

あらすじ的なものは、超有名作品なので書く必要がないと思います。一応、おおまかな概略と導入部分だけ書きます。

都会の生活を避けて、メイン州の田舎町に引っ越してきたルイス・クリードと、彼の一家に起こった事件や、その後に彼がとった行動の結果引き起こされた悲劇といえる物語です。しかし、メイン州のこの町に引っ越してきたことが、すでにしてこの土地にある何かの魔力みたいなものに引きつけられていたものだとすると、この一家に起こったことは、ある意味どうしようもない悲劇だなぁと思うのです。さらに、ルイスの妻であるレーチェルには、かなりのトラウマ的な過去の体験があり、それも一連の出来事に深くかかわってきて、非常に印象的なものになっています。

【感想とかアレコレ】

先に、マリアーナ・エンリケスが本書に影響を受けたと書きましたが、詳しくは以下の通り。

「スティーヴン・キングの『ペット・セマタリー』を読んだときは、一つの啓示でした。わたしはそのときまで[子どもの時のことらしい]、文学は物理的なことを引き起こしえないと考えていたのです。でもその本は重要な美的体験のようなものでした。(中略)その本を読んだとき、物理的な、ぞっとするような恐れを抱き、ひどい目にあいましたが、それでもわたしに情緒の扉を開けてくれたのです。」(ブエノスアイレスのデジタル誌CdL、2017年9月)~引用は、『わたしたちが火の中で失くしたもの』「訳者あとがき」より~

実際に本書を読んでみて、この本を子どもの時に読んだら、たしかに恐ろしいだろうし深いインパクトがあるだろうなぁと思います。それだけのものがあると思います。映画では味わえない恐怖がひたひたと感じられるだろうと思います。残念ながら私としては、感受性がすりきれてきているのでそこまでの恐怖は覚えませんでした。それよりも、死と生のあいだにある埋めがたい深淵を知ったのを覚えた時のような、めくるめく事実だけがもつ峻厳さを感じました。それはある意味神秘的な体験に通じるものなのかもしれませんが、それを味わえるのは、読書の醍醐味なのではないかと思います。

ところで、本書には「あとがき」にもあるように、色んなパロディがあります。まず、舞台がメイン州ということで、それはキングの出身地であるようだし、またキングの他の作品にもメイン州が舞台になっているものが多々あります。ほんでもって、個人的に興味深いのは、クトゥルー神話的なものとの関連性でしょうか。例えば、「プロヴィデンスで開かれたニューイングランド大学医学会議」にルイスは出かけるのですが、この大学名から連想するのは、「ミスカトニック大学」のモデルになったといわれるプロヴィデンスに実際に存在する「ブラウン大学」でしょうか。ちなみにネットで調べたところ、オーストラリアにはニューイングランド大学というのが実在するようです。
そして、本作にとって非常に重要な役割(?)を果たすのが「ウェンディゴ」でしょう。これは、北米インディアンに伝わる伝説的な存在のことです。また、その登場の仕方がブラックウッドの同名小説を思わせます。ウェンディゴはクトゥルー神話ではイタカとの関連性がしめされています。

さて、この作品の舞台であるメイン州は、地図で見るとアメリカ最北東部に位置しており、カナダとの国境近くにあります。ここには、かなり深い森があるようです。それこそ、『ペット・セマタリー』において描かれたような、町に接する広大な森が存在するのでしょう。そのように思ったのは、『正義とは何か』(神島裕子・著、中公新書)に書かれたあるエピソードからでした。それは、「森の生活」で有名なソロー以上の隠者的生活を送っていた人物が2013年に発見されたというものです。発見(というか、窃盗罪で逮捕)された「クリストファー・ナイト」という人物は、27年間独りでメイン州の森にこもり、ほぼ誰とも接触せずに隠者的生活をしていたそう。メイン州の冬は厳しくて、瞑想するにはもってこいだそうなのですが、その分、生命の危険もあったそうです。そんな場所で孤独な生活を送るということには、「正義」という観念の彼岸にあるようにも思えるし、また、そのような生活には本当の意味でのアナキズムを感じてしまいます。といっても、その人物はアメリカ国内にいてその法が適用される範囲にいてさらにはある程度の人間(の文明圏)との接触があったわけですから、アナキストといえるのかどうか分かりませんが。

【まとめ】

本作品は、単純な恐怖を覚えるだけのものではないと思います。ルイスの娘であるエリー(アイリーン)にとって、彼女の親が「死」とは何なのかをエリーに隠そうとしても、彼女自身は「死」のことを何かの形で気付いていることが示されているのがひとつの読みどころでしょう。とくにエリーのヒステリックな反応には私個人の過去を思い出します。そして、ルイスやレーチェルの悲傷や苦悩もそのひとつです。たとえ、ルイス(とジャド)の行為が何らかの魔力によるものだとしても(いや、だからこそか)。

本書の読者が、もし、自分の大事にしている何かの存在を喪失した時に、その対象への遺された想いが具体的な形をとってどうにかして現れはしないかという、そういう妄想に捉われたことがおありなら、この作品は非常に痛切なものとして感動的に読めることができると思います。そういう意味で、読んでいる間も読後も恐怖は全く感じませんでした。

(成城比丘太郎)

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