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ボルヘス怪奇譚集(ホルヘ・ルイス・ボルヘス、アドルフォ・ビオイ=カサーレス、柳瀬尚紀〔訳〕河出文庫)

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  • ボルヘスたちが蒐集し、編集した92の掌編。
  • ホラーというより、深くておもろい話。
  • 読み手も、何か独自の挿話を抜き出してみたくなる。
  • おススメ度:★★★★☆

【本書について】
まずことわっておきますと、本書は、何かおそろしい逸話を並べたようなホラー集ではありません。怖いというより、ひとつひとつのエピソードに、何か深くて見通せないほどの世界が詰まっているような感じです。「訳者あとがき」では、

「図書館に住まう書淫の怪物ボルヘ・ルイス・ボルヘスは、親友ビオイ=カサーレスの協力のもとに、九十二の「短くて途方もない話」から成る一冊の本を編んだ。」

ということで、ここに収められているのは、「短くて途方もない話」ばかりなのです。その内容は、「古代ローマ、中国の故事や千夜一夜物語、カフカ、ポオなど古今東西の書物から選びぬいた92の不思議の話」ばかりで、北斎に関する話もあります。ボルヘスによる改変や、創作もあるようです。ちなみに、ボルヘスの代表作である『伝奇集』(邦訳名)は、原題では『虚構の物語集』という意味のようなので、何かしら本書にも虚構が混じっていてもおかしくはないということなのでしょう。

というわけで、実際に本書を読んで楽しんでもらいたいので、この他に何か書くことはありません。まあ、それでは味気ないので、二つほど短い作品をあげたいと思います。
まず、「気むずかし屋」というタイトルから。

カルダンが病気になった。叔父が尋ねた。
「何が食べたい?」
「羊二頭の頭ひとつ」
「そんなものはない」
「それなら、羊一頭の頭ふたつ」
「そんなものはない」
「では何も欲しくありません」
(イブン・アブド・ラッビヒ『類いなき首飾り』第三巻)

というもの。この部分だけ取り出すと、単なる「気むずかし屋」というか、ひねくれ者が口答えしているだけにしか読めません(ある意味言葉遊びでおもしろいですが)。原典に当たっていないので分りませんが、もしかしたらこの会話の後には、面白い展開が続いているかもしれません。もしくは、なんてことのない会話だっただけかもしれませんし、勉学の場面とかだったり、謎かけだったりしたかもしれません。

もう一つの作品は「回顧的な」という題のもの。

「大洪水の時期になると、彼らは動物たちが溺れないようにノアの箱舟を注文した。」
(クレメンテ・ソサ『ビリャ・コンスティトゥシオン=カンバナ間家畜運搬に関する報告』)

おそらく、この「大洪水」とは、よくある雨季の増水(洪水)のことで、「ノアの箱舟」とは何らかの比喩表現、もしくは暗号名とか商品名あたりかもしれません。ここだけ取り出されると、途方もなく面白い話になりますねぇ。

ところで、カルヴィーノは、『アメリカ講義(Ama)』で、本書(の基になったと思われる『怪奇譚集』)に触れた後に、

「私ならただの一文、できればただの一行だけの物語を蒐(あつ)めてみたいところです。しかしながら、今までのところグアテマラの作家アウグスト・モンテローソのもの――「目を覚ますと、それでも恐竜(ディノサウルス)はそこにいた」――を超える作品は一つも見つかっておりません。」

と語っています。確かに、目を覚ますとまだ恐竜がいたらという一文には、途方もない簡潔なおそろしさがひそんでいるようです。夢で見た恐竜が、現実に覚めてもまだいたのか。それとも恐竜のいる世界(『ジュラシック・パーク(Ama)』あたり?)のことなのか。はたまた、この恐竜とは別のものの謂いだったりするのでしょうか。
モンテローソの本は読んだことがないのでわからない、と思ったのですが、一作品だけ読んだことがありました。それは、『超短編アンソロジー(Ama)』(本間祐=編/ちくま文庫)に載っていたもので、以下にそれを紹介したいと思います。

「夢見るゴキブリ(アウグスト・モンテローソ/安藤哲行〔訳〕(Ama)

昔々、自分がゴキブリである夢を見たグレゴール・ザムザという名の外交員をめぐって書いている作家である夢を見たフランツ・カフカという名のゴキブリである夢を見たグレゴール・ザムザという名のゴキブリがいました。」

【ブログ筆者が適当に集めた話】
ここまで本書に関してみてきましたが、自分でも何か集めてみたくなったので、丁度読んでいる本や手元にある本あたりから、いくつか抜き出してみました。まあ、たいして怖くはないですが。
まずは、『聖書』(フランシスコ会聖書研究所・訳注(Ama))から。

「怠け者

戸はちょうつがいで回転する。
怠け者は寝台の上で転がる。

怠け者は手を皿に突っ込んでいても、
それを口に持っていくのを、おっくうがる。

(箴言26・14-15)」

怠け者が、戸の「ちょうつがい」のように回転し続けるさまとしての比喩は、個人的にはおかしいし、そんなことができるだけでもすごい。ブレイクダンスか何かでしょうか。
怠け者が手を皿に突っ込んでいるのに、口にそれを持ていけないとは、どれだけ怠け者なんだということでしょう。しかし、手から口までの距離が、持っていくのもおっくうなほどあるってことは、いったいどれだけの巨人なんやねんと突っ込むと、なんか深いものがある(勘違い)。

では次の作品から。

「山頂の明るく澄み渡った山が二つある。動物たちの山と神々の山だ。その間に、人間たちの薄暗い谷間が横たわる。見上げる者は、予感に打たれ、癒し難い憧れに心をつかまれる。自らの無知を知る彼は、自らの無知を知らない者たちと、自らの全知を知っている者たちに憧れる。

パウル・クレー『新版クレーの日記(Ama)』(高橋文子・訳)より」

その次です。

「人ががやがや家のうちに居た。そこの様子がよくは解らなかった。誰か死んだのではないかしらと始め思えた。生れたのだと皆が云った。誰が生れたのか私には解らない。結局生れたのは私らしかった。
生れてみると、私はものを忘れてしまった。魚や鳥やけだものの形で闇のなかを跳ね廻ったり、幾世紀も波や風に曝されていたのは私ではなかったのか。

原民喜「童話」(Ama)より」

といったように、抜きだしてみました。タイトルは特につけませんでした。

【おわりに】
これから本を読む時は、こうして一部分を抜きだすことが楽しくなるような、そういうことを教えてくれるかもしれないのが、本書です。

(成城比丘太郎)


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