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★★★☆☆

三丁目の地獄工場(岩城裕明/角川ホラー文庫)

投稿日:2021年4月26日 更新日:

  • 不条理系スプラッタホラー短編集
  • 最後の1作を除けば凡庸な印象
  • ホラーとは何を表現すべきか
  • オススメ度:★★★☆☆

もちろん、読書の動機はタイトルである。注目したのは露骨な「三丁目の地獄」の方ではなく「工場」の方である。以前、紹介した「自動車絶望工場」や「高熱隧道」、高名な「蟹工船」など、勝手にプロレタリアホラーと呼んでいる「地獄のような労働環境」引いては「労働とは」ということに興味があるのだ。それは私にとっては今現在の存在意義と直結しているからである。

ところが、冒頭の「怪人村」を読んでがっかりした。多少、嫌な予感はしていたのだが、予想は的中した。労働や地獄とは何の関係もなく、幻想怪奇小説と呼ぶには幻想要素が無く、普通のモダンホラーとしては突飛過ぎ、ギャグ小説かと言われるとグロテスク過ぎるという難物だった。話は簡単で、狂った整形科医師が、寒村の住人を「魔改造」して「村おこし」をしようとしているという、書いていても意味不明な話だ。ちなみに住人達の方が人体改造に乗り気なのがポイントで、前述の「村おこし」が出来ると信じている。主人公はそんな村に帰郷した若者で、狂った世界になっているとは知らず、自身も改造されてしまうのであった。その改造も腕がステンドグラスになるとか、顔にチャックがつけられるとか、片足の関節がむかでのように増えるなど、荒唐無稽なもの。よく考えなくても、現実に存在する奇病などをモチーフにすれば、それこそ出版も難しいだろう。そんな訳で、著者的には精一杯ぶっ飛んだ設定を披露してくれるのだが、私のテンションは下がる一方だった。やりたいことは理解できるが、さして成功しているとは思えない。

続く「女瓶」は作者の別作品のスピンオフらしいが、要するに「黄泉がえり」或いはゾンビものと言った方がいいだろうか。モチーフとしては使い古された手法で、破綻はしてないものの、結末の読めるありきたりな一編。「なまづま」当たりを随分薄めたような作品。

続く「ぼくズ」は、実験小説というか、タイトル通り複数の「ぼく」が日常と融合するような変化球である。ただ、面白いかと言われると「変わってる」程度の印象で、「面白くない」と答えるだろう。ここまではどうも乗り切れない。

そしてようやくタイトル作となる「地獄工場(ヘルこうじょう)」が登場する。仕事で失敗した男が、居酒屋で疲れ切った地獄の獄吏を仕事とする男と立場を入れ替えて貰うという話。獄吏には地獄のような職場と言われるが、そこに表現されるのはどこかユーモラスかつ悲しいサラリーマン社会の縮図である。残酷描写が売りなので、もちろんそういう残酷表現も多いが、どちらかというと乾いていて、焼き場でのルーティンを想起させられる。有名な牛頭・馬頭が上司と言う設定だが、何故か人語を話さず、「うもう」だの「ひいん」だの言うので、そこだけラノベっぽくなっている。ユーモアと取れないこともないが、全体的に設定が大雑把である。お話は入れ替わり→現代的な地獄の描写→ストライキと言う流れですすむ。この地獄が12時間勤務の完全2交代制で休みなし、というものである。酷い労働条件だが、実際にこれくらいは現代社会にはあるので怖い。まあ設定は緩いが、そこそこ楽しめる短編だと思う。ただ、一点、労働を扱っているにも関わらず、その報酬についてほとんど言及が無いのが残念だ。この仕事にいくらの対価があるのか、密かに期待していたのだが。

最期の「キグルミ」は劇中劇を取り入れたサスペンスといった作品だ。劇中劇がインディ系の小劇場風になっているのが、ポイント。この小劇場風という雰囲気が旨く再現されていて、メタ的展開にも説得力のような物が感じられる。「どういう落ちに持っていくのか」という興味が最後まで持続するので、本書のなかで一番スリリングである。完成されたテクニックではないので、そこまで感動することはないが、毛色の違うホラーとしてそこそこ楽しめるのではないだろうか。★+1で計★3としたのは、この作品の持つ不思議なカラーに敬意を表してのことである。

こうして俯瞰してみると様々なタイプのホラーの集まりであるが、それほど深みがあるわけではない。とりあえず、時間があったら読んでみる、程度の短編集と言えるだろう。ホラーでしか表現しない表現はあるだろうか? 最後の短編に微かにその片鱗を感じた。

(きうら)


-★★★☆☆
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