★★★★☆

二十六人の男と一人の女(マクシム・ゴーリキー(著), 中村 唯史(翻訳)/光文社古典新訳文庫)

投稿日:2020年11月16日 更新日:

  • 貧者にまつわる4つの短編
  • ロシア的憂鬱を目いっぱい味わえる
  • 人生に絶望したことがあるなら、深く刺さるものがある
  • おすすめ度:★★★★☆

ロシアの文豪ゴーリキー……という知識しかない状態で、本著を読んでみた。為人についてはWikipediaなどで読んでみたが「家具職人の子として生まれる。母ワルワラを肺結核で亡くして10歳で孤児となった後、話が上手であった祖母に育てられる」とある。自身の放浪生活をベースにした小説を発表、政治活動もして、ロシアのスターリン絡みの政治的ゴタゴタに巻き込まれて色々あった人生のようだ。ただ、基本、私はそういった背景を無視して作品だけを読むので、少し感心した程度だ。

4つの長めの短編が収められているが、一言で言って、大変陰気な作品ばかりだった。とにかく、貧者ばかり出てくる。そして救いのない展開。ただ、妙に生々しい描写は、このご時世ぐっと来るものがある。

タイトルの「26人の〜」は、半地下でパンを作り続ける労働者に、その上階でお針子をしている女性がパンをねだりに来る、というだけの話である。26人の男たちは、その女性ターニャに好意を抱いており、何とか気に入られようとする。しかし、結局「労働者」でない男にターニャは好意を寄せ、それを26人になじられると

「あんたがたは、下衆のあつまりだよ、いやらしいったら!」

などと罵倒されるのである。そして、そのまま終わる。本当に終わり。

ロシアの風景の描写や情緒的な比喩表現は、素晴らしいと思ったが、結局は、最下層で働いている男たちは何にも報われないのである。このなんとも言えない陰気で空しい人生観は、この年になると何となく心地よくも感じるのが不思議だ。希望を失って初めて見えてくる景色というか、偽りのない人生の断面を見ているというか、変な安心感が湧いてくる。困ったもんだ。

「グービン」もその名の主人公が出てくるが、インテリでありながら町の有力者の女性(と言っても婆さん)と不倫した過去があり、正論を吐きまくるが誰にも相手にされないというまたしても救われない展開である。結局、語り手である「私」は、その婆さんに言い負かされる情けないグービンを目にする。不貞が堂々と語られる展開に、若干嫌な感じは受けるが、すぐに慣れる。

「チェルカッシ」はこの並びの中では一番有名な作品(らしい)で、確かに港町の泥棒とその片棒を担ぐ田舎の若者のやり取りがドラマチックに描かれている。後半の畳みかけるような心理劇は面白いが、結局、泥棒と貧乏な若者の不幸な顛末の話である。ゴーリキーは世の中と女性に何か恨みでもあるのだろうか、などと思うのだが、絶望だけではない、それを受容する力強さが潜んでいるので侮れない。これだけ陰気だ陰気だ言っているが、後味が悪いということもなく、何となく納得してしまうのであった。

ラスト「女」はまさに女にまつわる話で、まあDV夫と離婚して宿無しになった女性の半生が語られるのだが、次の台詞に思わず涙した。

「あんたは幸せを探すのが下手なんだな」

 という「私」の台詞への返しが、

「どうしようもないよ」

 で、天を仰いでしまった。

どうしようもないよ。なかなか言えることではない。ただ、ここでも深い自己受容があってそれが作品を必要以上に悲劇的にしていない。お涙頂戴的な描写は全くない。乾いた不幸が描写されているだけである。

今回の読書は総じて身に迫るものがあった。この年になると考える。

「どこで、あの若き日の輝きをなくしてしまったのだろう」

それは、よくわからない。今でもたまに晴れの日もある。しかし、大体は小雨が降っている。私も柄にもなくこの小説の登場人物に交じって、ただただ、今ある現実の世界を噛み締めてみるのであった。

そして煩悩まみれで月曜日の朝、静かな絶望と確かな義務感を胸に、仕事へと向う。私もまた、精神的な貧者なのかもしれない。

(きうら)

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