★★★☆☆

人生を変えるアニメ(河出書房新社〔編〕/河出書房新社)~読書メモ(016)

投稿日:2018年9月15日 更新日:

  • 読書メモ(16)
  • 中学生以上の人に向けて、著名人がアニメをお薦めするという内容
  • 基本的に、無難な選定
  • おススメ度:★★★☆☆

【おわびと訂正】

はじめにおわびから。以前の記事で、『君の名は。』の主役の声優(神木くん)の発声がイマイチと書きました。しかし、先日鑑賞した『メアリと魔女の森』における彼の演技(発声)は悪くなかったです(脇役だからかもしれませんが)。というか、この映画における役者陣(の声優としての演技)は、その内容に反して概ね良かったです(一人を除いてですが=《※1》)。

《※1》この「一人」とは、なんかメガネをかけた爺さん役の人です。

それと訂正です。先日の記事(2018年9月3日)において、『あそびあそばせ』の主要登場人物たちを女子高生と書いたのですが、女子中学生の誤りでした。この前の放送でオリヴィアの愚兄が登場した際に、はじめて彼女らが中学生だと気付きました。それと、この作品を「ちょっと下品」と書いたのですが、よく観ると、ちょっとどころか、かなり下品でした。

【本書について】

さて、本題です。この、『人生を変えるアニメ』という仰々しい題がつけられた本ですが、これは、著名人がアニメ作品について、あれやこれやと語った内容です。本書は、「14歳の世渡り術」というシリーズで刊行されているものの一冊で、中学生以上を対象としているようです。私は、このシリーズでいうと本の紹介に関する別のものを読んだことがあります。本書は、アニメの紹介だからなのか、書物を紹介した別シリーズ本よりもかなり無難な(アニメ)作品を選んだという印象で、しかも、その紹介内容もだいたいが箸にも棒にもかからないと思えるほどの凡庸さ。

いえ、作品自体が有名作品でもいいのです。その紹介文が、どれだけ当該アニメが自分の人生を変えたのか、または自分の認識を変えたのか、あるいは自分にとってどれだけ重要なのかといったこと、つまり個人的なことであればあるほど私としてはオモシロイのです。そういった、他人の個人的な事情に関わるものが読みたいのです。しかし、いくつかのものはそういったものではない。

とくに、超有名作品を挙げて、「これは名作だから、観るべきですよ(意訳)」といったような紹介文はいただけない。そもそも、超有名作品は超有名であるので、誰でも名作であるのを知っているでしょう。そういった作品について、「これは名作ですよ」みたいな紹介だけしていてどうするのだろう。もちろん、「人生を変える」ほどの作品であれば、広くそれを知らせるのもありでしょう。しかし、そんな感想はネットで溢れかえっているので、わざわざここに書くまでもないのではないでしょうか。

本書には、アニメ関係の仕事に就いた人たちの紹介文も載っていて、たとえ有名作品をあげていてもそれがいかに自分の人生を変えたかといったことが書かれていて、そういうものは読んでいてオモシロイ。一方で、有名作品を無難に紹介しているものはオモシロクないし、それなら別作品でもあげてほしかった。例えば紹介作品の中でいうと、『この世界の片隅に』ではなくて『この素晴らしい世界に祝福を(このすば)(Ama/電子版)』を取り上げるくらいはしてほしいし、『君の名は。』を取り上げるくらいなら『星を追う子ども(Ama/Blu-Ray)』で書いてほしいし、『3月のライオン』なら『りゅうおうのおしごと!(Ama)』のほうだろうし、『聲の形』を取り上げるなら『まりんとメラン(Ama)』くらい取り上げたらどないやねん、と思う。いやいや、『グラスリップ(Ama)』くらいの迷作で何か書いたら拍手を送ろうと思う。

ここで翻って私のことを考え、自分にとって「人生を変えた」アニメはあるだろうかと考えてみたら、それはないかもしれないということに思い至った。サッカーをはじめたのは別にキャプテン翼を観たからではないし、アニメ関係の仕事をしたいと思ったこともないし、そもそもアニメに人生を変えるほどの影響を受けた覚えがない(読書人生に影響を与えた書物はありますが、アニメに関して同じような意味で何かあるかというとありません)。アニメ視聴環境に関して、あきらかに2000年代以降の深夜アニメに影響を受けていますが、特定のものがなにか深いつながりを持ったわけではない。ARIAシリーズやひだまりスケッチといった作品で多少癒されたことはありますが、だからといってゴンドラ乗りになろうだとかアパートのオーナーになろうだとか思ったことはありません(当たり前ですが)。クラナドにはちょっと泣かされたが、残念ながら人生を感じたことはないし……。

こうして考えると、私にとってアニメとはそれ自体が(何らかの)目的となっていて、何かを変えようとかいう手段としてものではないようです。つまりどういうことかというと、私の人生自体がアニメ(とアニソン)に深く毒されているのです。特定のアニメが人生を変えたのではなくアニメそのものが人生の一部に桎梏のように突き刺さっているのでしょう。だから、ここに書かれた紹介文の一部がイマイチなのです《※2》。「人生を変えるアニメ」という文言には、アニメを、何かをする時や考える時の手段にしてやろうという薄っぺらいものを、どうしても感じるのです。まあ、これは完全にいちゃもんなのですがね。

《※2》本書の紹介者の中でいうと、アニメ評論家である藤津亮太のものが一番いけない。彼は、『聲の形』を取り上げて平凡なことを書いている。これら評者の中ではおそらく最もアニメを観ている者がこんな有名作品をあげてどうする。

本書は「人生を変える」と書いてるわりには、甘っちょろいのです。どうせなら、中学生以上に向けているのですから、「子どもにはみせられないアニメ」だとか、「子どもにはみせたくないアニメ」といった題材で書いてみろと言いたいのです。そうすると、逆説的ではありますが、十代の若者が興味を持つかもしれないし、それが新たな世界認識の啓示になるかもしれないということです。これはなにも、えげつないアニメだけを紹介しろというわけではなくて、「実はこのアニメ作品には、若者にはみせられないものがある」といった作品の見方を提示して、若者の興味をひきつけるくらいの穿った紹介をしてみたらどうかということです。

じゃあお前が書いてみろよ、という突っ込みが入るかもしれませんが、これがなかなか難しい。私が小学生の頃は、北斗の拳を「子どもにみせてはいけないアニメ」としてPTAから視聴禁止命令が各家庭に出された(という噂があった。同様にマチコ先生も)。最近では、世のお母さん方から、クレヨンしんちゃんはみせたくないアニメだ、という声を少なからず聞く。今なら、これに加えてエロ・グロ表現があるものもダメといわれるかもしれない。しかし、エヴァンゲリオンなんてのはこれに該当する部分はあるのに何も言われていない気がする。

まあ、たしかにひどいのはみせたくはないのはわかるが、しかし一見何てことないアニメの中にも、あまり熱心にみせないほうがいいのではないのと思うのはある。例えば名探偵コナン。ここ最近は全く見ていないので知らないが、ここではあまり裁判シーンがないように思う。コナンくんたちは殺害現場に居合わせることが多いので、ひっきりなしに裁判に証言者として出廷しなければならないと思うんだが。あと、必ずしも自供した犯人が有罪になるとは限らないと思うんだが、この辺りはどう処理されているんだろう。
まあ、これについては突っ込んでも仕方がないのでどうでもいい。それより、宮崎駿が語ったように、例えば「となりのトトロ」ばかりを何百回も観るのはいかがなものか。「映画ばかり観ないで外にも出ろ(意訳)」ということを宮崎駿は語っていたが、まあ、そうだと思う。ひとつのファンタジーをアホみたいにみるのはどうやねん、いくら名作でも限度があるやろということだが、これもまあどうでもいい。

「子どもがあまりみないほうがいいアニメ」として、私としては、無意味なハーレムものをあげたい。いや、ハーレムアニメと割り切って、何作かみる分にはいいのです。しかし、中には名作風を装って「俺ツエーもの、かつハーレム」を潜ませているものがあるので気をつけてほしい。それのひとつに『3月のライオン』があります。これを物語論的な構造でいうと、「何かを喪失して、何かを獲得する」という単純なものです。この構造は様々な物語に見られるものでしょう。具体的なアニメ作品でいうと、構造的には『このすば』と同じです。このすばでは、主人公が現実での命を失って別の世界へと転生(?)し、現実の世界ではありえなかった素晴らしくヴィヴィッドな生活を送ることができるのです。一方、3月のライオンでは、主人公が事故で家族を全員失い、その替わりに難なく(?)プロの棋士という地位を得て、藤井聡太プロ並みに強さも得るのです《※3》。さらに彼は、理解のある取り巻きも得るのです。こういった境遇の人物が現実にいないとはいえませんが、不謹慎を承知でいうと、ドラマチックでかなりうらやましい境遇です。それだけではなく、彼は、近所に住む美人三姉妹と懇ろになり、彼女らに世話されたり彼女らの苦境を支えたり一緒に悩んだりするのです。ここまでくるとこの作品は名作風アニメの皮をかぶったハーレムアニメです。一見不幸そうな描写が出てくるだけにやっかいなのです。こういったアニメは子どもに見せるのではなく、大人だけがひそかに人生のなぐさめとしてだけみるべきアニメなのです。シャフト演出のおかげで、なんだか名作のように見えますが、主人公には致命的な欠陥が何もないというおそるべきアニメなのです。

《※3》プロの棋士になるのがどれだけ大変かは、りゅうおうのおしごとをみればわかるし、囲碁でいうとヒカルの碁もまたプロの壁の大きさを知ることができます。3月のライオンではプロというのがデフォルトになっている、単なる雰囲気将棋アニメなのです。

本書において一番笑ったというか虚をつかれた(?)のが、巻末の「作品ガイド」における『けいおん!』の作品案内文です。その文章では、田井中律と秋山澪だけの名前が出てきて、彼女らが軽音楽部の廃部阻止に奔走したというように書かれていて(まあ、そうなんですが)、この二人だけが軽音楽部の主要人物だとも読めてしまう。唯や紬や梓の名前は出てこず、これを読んだときには一瞬別のアニメのことかと思った。この文章を書いた人はこのアニメを観たことないのではないだろうか。

もうひとつ笑ったのが、『聲の形』と『宇宙(そら)よりも遠い場所(通称よりもい)』の紹介文が並んでいることでしょう。『聲の形』ではいじめた側もいじめられた側も同じように持っている「自尊感情」を大切に描いているとしているのですが、それは私からしたらひとつの和解的な世界を幻のように表現している作品。一方、『よりもい』では、登場人物の一人である「日向(ひなた)」が過去に裏切りを受けて高校を退学した経験を持っている。後に、その日向を退学に追いやる原因を作った当事者の女の子たちが謝ろうとするのだが、他の地で新しく友人となった「小淵沢報瀬(こぶちざわしらせ)」が日向の代わりに、「そんなものは受け付けない。お前らは他人を追いやった心のもやもやを一生抱えて生きろ(意訳)」と言い放つ。つまり、『よりもい』では、和解という道筋を閉ざし、「許したくない相手は許さなくてもいい」という前者とは反する信念を提示する。どちらの作品も、個人の持っている自尊心を描いたものだと思うが、それを(不快な)他者の受容に対する表現としてどのように描いたかの違いがこの両者にはあるようです。もし、西宮硝子が主人公に『よりもい』の報瀬のような感情を抱けば、主人公の自殺で映画は終幕したことでしょう。どちらがいいかは、あるいはどちらが胸に響くかは実際に鑑賞してみるといいかと思われます。
この点に関していうと、『3月のライオン』では、いじめた側がおそろしいほどの確信犯的な信念でもっていじめているように思えて、これはこれである意味すごいとしかいいようがない。

(成城比丘太郎)


-★★★☆☆
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