- 乱歩入門に最適な怪奇短編集
- ありそうでない、古そうで古くない
- 有体に言えば乱歩はすごく有能な変態
- おススメ度:★★★★☆
全然関係ない話から始めてしまうのだが、江戸川乱歩は私の同郷の文人である。同郷と言っても生まれた町が同じというだけだが、私が生まれた産婦人科から歩いて5分ほどの所に乱歩の生家跡がある。笑ってしまうくらい地味な路地裏に、それはぽつねんと記念碑が立っている。何度か見に行ったが、特別何も感じない。生家とはそういうものだろう。ただそのゆかりで、高校生の頃、江戸川乱歩賞にまつわるイベントがあり、過去の受賞者の栗本薫氏に直接会ったのは印象深い思い出だ。共同運営者の成城比丘太郎氏も一緒だったように思う。因みに受賞作品は1978年で、「ぼくらの時代」という当時の最先端の推理小説。
そんな訳で、ちょっとした親近感を持って改めて短編集を読んでみた。表題作以外は、ちゃんと読むのは初めてだった。率直な感想は、すごくよくできた「変態」作家であるということ。よくもまあ、こんな古い時代に変わったことを考えたものだ。この種の実感は、オランダの誇る変態「紳士」映画監督ポール・バーホーベンに感じるものと近いものがある。つまり、凡人が無理して奇想しているのではなく、一生懸命創作に打ち込んだ結果、実に変な(でも面白い)小説が出来上がった感じだ。
(あらすじ)
「人間椅子」ある閨秀作家(女性作家)の人妻に一通の手紙が届く。その内容は、ある家具職人からの衝撃の告白だった。それは果たして真実なのだろうか? 有名な表題作の他、「目羅博士の不思議な犯罪」「断崖」「妻に失恋した男」「お勢登場」「二廢人」「鏡地獄」「押絵と旅する男」の7編を収録。何れ劣らぬ乱歩の奇想天外な短編が楽しめる。
人間椅子などは、表題そのままの内容なのだが、普通に読むと性的異常者の告白ものという実に陳腐なテーマなのだが、乱歩の素晴らしい所は、これをホラーにも、エロスにも、推理にも振り切ってしまわず、実に独特な曖昧さで締めくくるところである。ふつうの人間が同じようなことを考えても、ここまで不可解な読後感を残す作品は書けないだろう。最期の一文も効果的で、ただの悪趣味小説から、深い余韻を残す鋭い短編へと昇華させていると思う。
続く「目羅博士の不思議な犯罪」も、「よくこんなことを考えたな」というような内容だ。ただ、このネタは実は私の記憶が確かなら、魔夜峰央の「妖怪始末人トラウマ」の「塗仏」の回で読んだことがある。時系列から言えば魔夜峰央はこの内容を知っていたのだろうか。パクリとは言わないが、主な着想がそっくりだ。偶然の一致かも知れないが、もし、影響を与えていたのなら、知らない間に乱歩の著作に触れていたことになる。これはこれで凄いことだ。
この中で私のベストセレクションは「鏡地獄」。レンズに憑りつかれた男の狂気の結末を描くが、これも同じく、そのストーリーの展開の意外さに、素直に感心した。随分ホラーは読んだが、一見、誰でも思いつく原案から飛躍するラストのイマジネーションは凄まじい威力を感じる。いやはや、さすがに「賞」が作られるだけのことはあると感じた。
もちろん、「押絵と旅する男」の味わい深いストーリーも代表作と言われるだけのことはある。京極夏彦の「魍魎の匣」のある登場人物にも、影響が感じられる。多分、何らかのインスピレーションは受けていると思う。
その他の作品も推理物として楽しめる「妻に失恋した男」「断崖」や姦婦とその夫の数奇な運命を綴る「お勢登場」、など、次から次へと違う角度から人間の暗部を描く乱歩の筆致は見事だ。時に時代を感じることもあるが、それをひっくるめても著者の奇想は古びていない。もし、名前だけ知っていて読まれたことがないなら、こういった短編集から読まれてみるのもいいのではないだろうか。
(きうら)