★★★★☆

今夜、すベてのバーで(中島らも/講談社文庫)~感想とあらすじ、読書メモより

投稿日:2017年10月14日 更新日:

  • 中島らものアルコール依存症の自伝的小説
  • 実際にアルコールが原因で亡くなっている
  • 最強のドラックとしてのアルコール!
  • おススメ度:★★★★☆

旧サイトに「読書メモ」として投稿した内容を加筆・修正して転載する。

中島らもはとても才能豊かな文筆家であった。同時に劇団の主催者であり、優れたエンターテイナーであり、エッセイストでもあった。しかし、アルコールなどドラッグ類に極端に依存する傾向があり、その死因は泥酔の末、階段からの転落による、と、伝えられている。

本作は、そんな中島らもが、急性アルコール中毒で入院した実体験をもとに執筆した自伝的小説だ。吉川英治文学新人賞受賞作。小説はフィクションとして書かれているが、主人公は自殺念慮に取りつかれていて、連続飲酒(つまり24時間アルコールが体から抜けない)から鬱症状を併発し、そこから抜け出せなくなった著者は、仕事場で本当に自殺しかけ、駆け付けた秘書に入院を自ら依頼したという。再読したがそのシーンが出てこないので、別の本で書かれていたのかも知れない。

事実は知らない。しかし、中島らもがアルコールをこよなく愛していたのは間違いない。それはこの本を読んでみれば良く分かる。著者は愉快な社会的不適合者(同時に素晴らしいエンターテイナー)であったので、アルコールに限らず、大麻から幻覚サボテンまで実際に「体験」した愉快な読み物「アマニタ・パンセリナ」もご参照頂きたい。

本書は、ほとんどがアルコール依存症(アルコール中毒)を治療する病院での様子が描かれている。同じく、連続飲酒で入院した漫画家・吾妻ひでおの「失踪日記(Amazon)」と並ぶ、近代のアルコール病棟物の嚆矢と言える。

入院している患者は、一見まともな人間もいるが、どこか社会からドロップアウトした人間ばかり。中島らも自身は、そういう人間に対して限りなく愛情を持った視点で物語を描いている。決して見下すこともない。全体的にユーモアに溢れているし、アルコールや人間への愛憎半ばする感情がうまく表現されている。古い本だが、大変面白い読み物だ。

ここからが、怖い話になる。

少し調べてみると、日本のアルコール飲酒人口は6,000万人、その内、依存症は230万人と言われている(Wikipediaより)。人口の56人に1人がアルコール依存症ということになる。成人に限ればもっと多いだろう。

日本ほど、アルコールの害が野放しにされている先進国も少ないらしい。それは、ゴールデンタイムのCMなどを見ていれば良く分かる。どれだけ、ビールなどの酒類のCMが多いことか。日本には元々「酒は百薬の長」という言葉がある通り、酒に関しては寛容な社会だ。それにしても、だ。私は喫煙者ではないが、目の敵にされているタバコの害と比べても、アルコールは、総数的には健康に与える国民へのダメージは今はずっと大きいだろう。

中島らもは、肝臓の限界をプールいっぱいのアルコールと例えていた。曰くアルコールのプールで泳ぎまわっていたという。しかし、対アルコールフィルターである肝臓は、どこかでその役割を終える。アルコールを一杯飲むたび、このフィルターの寿命を消費しているのは事実だろう。それが壊れれば人工透析という苦しい治療を経て、やがて普通より早く「死ぬ」。

普段はホラー小説の怖さについて述べているが、実は、アルコールはそれ以上に身近な恐怖だと思う。統計を取ってみればいい。幽霊にとりつかれて死ぬ人間と、アルコールの害によって死ぬ人間がどちらが多いかを。アルコールがなくなったら、どれだけの人間が命を失わずに済むかを。

ところが、酒は文化や経済と深いつながりがあるので、決して、テレビやメディアでその害が日常的に喧伝されることはない。ビールの缶には「飲酒は20歳になってから。未成年者の飲酒は法律で禁じられています。妊娠中や授乳期は胎児・乳児の発育に悪影響を与えるおそれがあります」と、書いてある。

随分控えめだな、と思う。「アルコールの過剰摂取は、個人差はありますが、確実に健康に害があります。短時間に大量に摂取すると死亡します」とは、書かれていない。こう書くと、水でも醤油でも同じだが、水や醤油を一気に一升飲む馬鹿はそれほど多くないだろう。ただ、アルコール依存症の人間は230万人もいるのだ。

アルコールによって促進されるコミュニケーション、というのも無視できない。禁酒法ができたアメリカがどうなったかはご存知の通りだ。相当数の人間が酒工場で働いているし、飲んで旨いのも間違いない。しかも、適量を守れば、それほど害はないのだ。この無視できない程大きい「プラスの効果」が、現在の日本の状況を招いているのは間違いない。

人間は弱いものだ。辛いことがあった時、疲れた時、楽しい気分を高めたい時、それを効率的に促進してくれる美味しい魔法の液体が数百円で手に入ったら、どれだけの人が手を伸ばさずにいられるだろう。しかも、それは「合法」であり、何ら非難される事ではない。あまつさえ、「酒が飲めない」のは、限定的なコミュニティでは、嘲りの対象にすらなる。しかも、ほとんどの人間は飲んでも死なない。正に魔法の水だ。百薬の長というのも頷ける。

ただ、先ほどのWikipediaには次のように書いてある。

「日本においては、飲酒による死亡者は34,988人(2008年)で、総死亡の3.1%を占めており、その社会的費用は4兆1483億円と推定されている(2008年)」

さて、結論としては簡単だ。「アルコールは個人差はあるが、摂取すると健康に害がある」、日常的に摂取し続けると「依存症」になるリスクがある。「依存症」になると、健康面・社会的に破綻する可能性が高い。毎年、何万人単位でアルコールが原因で日本人が死んでいる。一方、酒によって経済は潤い、人々は安らぎを得ている。法律的に20歳以上の飲酒は違法ではない。飲んだら旨い。メディアは盛んにアルコールの美点を強調する。それに異を唱えるメディアも少ない。スポンサーには逆らえない。そりゃそうだ。

それではアルコールは善か悪か? これは、そんな単純な二元論では語れない典型的な事例だろう。余りに人間の文化に深く結合しすぎている。だったら、こう書くしかない。

「飲酒は控えめに」

ここは盛大に笑うところ。最後にWikipediaより、中島らもの最期を引用する。

2004年7月15日[2]、神戸市内でおこなわれた三上寛、あふりらんぽのライブに飛び入り参加。終演後に三上寛と酒を酌み交わし別れた後、翌16日未明に飲食店の階段から転落して全身と頭部を強打。脳挫傷による外傷性脳内血腫のため神戸市内の病院に入院、15時間に及ぶ手術を行うも、脳への重篤なダメージにより深刻な状態が続き、自発呼吸さえ出来ない状態に陥る。
入院時から意識が戻ることはなく、事前の本人の希望[57][58]に基づき、人工呼吸器を停止。同月26日[2]午前8時16分に死去。享年52。

もっと、中島らもの小説を読みたかったな、と、そう思う。

(きうら)



今夜、すべてのバーで (講談社文庫) [ 中島らも ]

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