★★★☆☆

土星を見るひと(椎名誠/椎名誠 旅する文学館)

投稿日:2018年7月31日 更新日:

  • 不思議な味わいの短編集
  • 決してホラーではないがどことなく怖い
  • あえていうなら不条理小説か
  • おススメ度:★★★☆☆

椎名誠氏は不思議な作家で、とびきり馬鹿げた小説を書いたと思えば、ハードなSFで傑作を残してみたり、自分と家族を題材にしみじみと温かな、あるいは熱い青春時代の私小説を書いたりする。主なジャンルは上記の紀行文、SF、私小説だと思っているが、時々、どのジャンルにも当てはまらない不思議小説も書いたりする。この小説集も少々古いがその系譜にある小説で、一応、男と女の関係性がテーマになっているようだが、SFも私小説もホラーも混じっているような実に形容しがたい内容の短編ばかりであった。以下、珍しくそれぞれの短編の紹介をしてみたいと思う。

「うねり」は、見知らぬ女と海に出かけ、勝手にボートに乗って沖に出る話。凡庸な作家だと、たぶん何かの恋愛めいた後味を残すような設定だが、ラストが実に不思議かつ不条理で、その空かし方が絶妙に不穏当なので、何だか怖くなってしまった。ぞくっとするのとは少し違うが、後で振り返ってみるとしみじみと不気味である。

「蛇の壁」の内容は、学校の宿直で宿直室で泊った男が、題名の通り壁に蛇を見つけるというもの。それだけなら大したことはないのだが、ここでもひとりの「おんな」が登場し、主人公との微妙な関係性が綴られる。これはどちらかというとラストは幻惑的で、蛇とその女を重ねているところがある。学校の用務員に同性愛者であることを仄めかす描写があるのも微妙な味わいを加えている。

「クックタウンの一日」はこの作品集の中では割と地味だが、テーマにそってわけあり風の女性の様子が描かれている。その描き方に椎名誠独特の改正があって「明るいのに影がある」という点が表現されている。内容はこれも題名通り。キャプテン・クックが上陸したことで知られるクックタウンが舞台になっている。

「桟橋の向こう」これは正直一番怖い。ある船を雇って、海中写真を撮る写真家の話なのだが、椎名誠自身の経験が生かされていて、それぞれの描写が妙にリアルである。そして、それがゆえに一層、不条理な展開が意表を突く。ラスト付近の幻想的とも悪夢的ともつかない描写は一読の価値がある。まさかこんな角度から怖い話に持っていくとは……。

「コッポラコードの私小説」はノイローゼ気味になった椎名誠の回顧録。本の雑誌社の黎明期を垣間見ることができる点で貴重。彼の盟友目黒孝二も登場するので、知っている人にはより興味深く読めるだろう。まあ、椎名誠自身に興味がなければ、何ということもない話なのだが、ここでも一人の女性が登場し、なかなか魅力的に描かれている。

「ボールド山に風が吹く」は、椎名誠の少年時代の思い出を脚色したと思われる作品。ある山の工事の話と、少年時代の不思議な視点、そして少しおかしな女性との微妙な接点が描かれている。大人になって読んでみれば分かるが、どことなく猥雑な雰囲気のある短編で、それは女性の悲しい運命と重なるからかもしれない。なんとなく禁断の地に足を踏み入れてしまったような読後感がある。

ラストで表題作の「土星を見るひと」は、18年間土星だけを写真に撮っているという人物を取材する写真家とライターの話。ライターには妻がいるのだが、どうも夫婦関係がうまく行っていない。それが飼い犬の病気に重なって描かれている。土星を見るひとの妙な純粋さと美しさ、それに比べて、卑近なところから崩れている自分自身の家庭。全体的に、うすら悲しいムードがあり、綺麗なような、がっかりしたような変な感情を覚える。これも何だかサイコ・ホラー的である。

ざっとさらってみたが、椎名誠好きの方なら★+1でもかまわないと思う。純粋なホラー作品ではないけれど、よくよくかみしめて読むと怖くなってくるという、ありそうで無い展開が多いので、普通の怖い話に飽きたらお勧めしたい。どの小説も、どこかちょっと、狂っている。

(きうら)


-★★★☆☆
-, ,

執筆者:

関連記事

ぼくは眠れない (椎名誠/新潮新書) ~紹介と感想

椎名誠が自身の不眠症について語る 不眠の原因や解決策についての雑記風 余り体系的な話ではないが興味深い おススメ度:★★★☆☆ 私はもう椎名誠の30年来の読者であるが、著者が不眠症であるという事実は、 …

尾生の信(芥川龍之介/青空文庫) ~感想とネタバレ、着想を得た「創作小説」

中国故事からとった、美しくかなしい掌編。 何かを待つということは、つらい。 青空文庫の中でも、とても簡単に読める作品。 おススメ度:★★★☆☆ タイトルの「尾生の信」とは、「ばか正直に約束を守るだけで …

ゆらぐ玉の緒(古井由吉/新潮社) ~感想というより、応答のような創作 

これといった話の筋はない。 現在から過去へ、時空を自在に往き来する随想。 私の感想というより、(応答のような)創作。 おススメ度:★★★☆☆ (編者追記・内容の概要(Amazonの紹介文の転記))陽炎 …

サロメ(ワイルド (著)、福田恒存(翻訳)/岩波文庫) ~何が怖いかを考える

ユダヤの王の美しい娘の残酷な要求を描く一幕劇 あとがきにある通り、セリフ中心の運命悲劇 現代的な怪談とは程遠い不思議な世界をのぞき見 おススメ度:★★★☆☆ 名前だけ知っていて中身を知らない本というも …

向日葵の咲かない夏(道尾秀介/新潮文庫) あらすじとおススメ度、ネタバレなし

同級生の死の謎をめぐる小学生が主役のミステリ 一人称視点で平易な文章 「予備知識なし」で読む系 おススメ度:★★★☆☆ あらすじは、それほど複雑ではない。夏休み前に友達の家に届け物をしたら、その友達が …

アーカイブ