★★★☆☆

地球にちりばめられて(多和田葉子/講談社)/エクソフォニー(多和田葉子/岩波現代文庫)

投稿日:2018年7月1日 更新日:

 

  • 失われた母語を求める女性の話
  • 国家は滅んでもクニは滅んでいない
  • 言語は非常に多様性をもっている(月並み)
  • おススメ度:★★★☆☆

【『地球にちりばめられて』について】

『地球にちりばめられて』は、多和田葉子の日本語作品での最新作。本書は言語(母語)とは何なのかを意識させてくれるものになっています。前作『百年の散歩』では、町じゅうに散りばめられたコトバを探して歩くという内容のエッセイでした。本書の内容はどちらかというと前々作『献灯使』の姉妹編のようにも思えます。『献灯使』では日本がディストピア風に描かれ、今作ではその世界観をさらに先に進めて日本と思われる国家自体が消滅し、そこから、移民という形になってしまったある女性を主人公としています。
【あらすじ】としては、その主人公が母語(日本語)を話す人を探してヨーロッパをあちらこちら行き来するうちに、色んな人物と出会うという内容で、これといって複雑なものではありません。

本作の主人公は、「Hiruko」という名をもつ女性。彼女は、ヨーロッパ滞在中に母国がなくなるという事態に直面し、デンマークで語り部などをする生活をしています。この名前をみるように、あきらかに日本神話の「ヒルコ(水蛭子)」から名付けられていると思えます。ヒルコは国産み神話において最初に生まれたものの不具のために流されてしまうという存在です。Hirukoもまた母国から流された漂泊民(離散者)とでもいうべき設定です。では、なぜ彼女の名前の表記はアルファベットなのか。それはおそらく母国語(日本語か)での表記を見失ったという状況ゆえのことでしょう。それだけではなく、彼女に見えなくなったのは国家という観念でしょう。しかし、国家自体はなくなっても、彼女の中にクニの観念はなくなっていないようです。なぜなら日本という国名は作品内に出てこなくても、「鮨の国」というキーワードや新潟とかの地方名は出てくるわけですから。

彼女の基底にはきちんと日本語の響きは残っていますし、日本語を話す人たちが(かろうじて)ヨーロッパじゅうに「ちりばめられて」います。その母国語(使用者)を追ってHirukoと行動を共にするのが言語学科の院生である「クヌート」という男性。この二人にさらに個性的な面々が集まってヨーロッパじゅうを移動するのですが、その行程のおもしろさはもちろんのこと、登場人物たちのかわす言語談議(?)がおもしろい。ここでは、母語(日本語)と多言語との反響が音声面からも表記面からもうかがえます。言語を求めて旅するHirukoと一行の旅の航跡は、そのまま世界をコトバからとらえようとする言語生活をうかびあがらせるかのようです。コトバに対するフェテッシュなこだわりは、日本語しか解さないであろうこの小説の読者にはある意味退屈かもしれませんが、外国旅行などで、形だけ母語の外に出たという経験がおありなら、このHirukoの経験はある程度わかるかもしれません。

【『エクソフォニー』について】

母語の外に出たという面から書かれたのが、2003年に原著が出版されたエッセイ『エクソフォニー-母語の外へ出る旅』(岩波現代文庫)です。「エクソフォニー」とは、「母語の外に出た状態一般」のことです。これは単に移民の文学を表すだけではなく複雑なものがあるようです。例えば、多和田が、セネガルで「ピジンでもクレオールでもなく、アーチスト個人の作品としての突然変異言語」がうまれたと書くようなものを指したりしますが、この「突然変異言語」とは『地球にちりばめられて』内に出てくるHirukoの作ったとある人工言語に通じるようです。
「一つの言語しかできない作家であっても、創作言語を何らかの形で「選び取って」いるのでなければ文学とは言えない」という、多和田の創作における言語活動の基本的な態度は、この「エクソフォニー」という状態にあって、多言語を自らの裡に共鳴させるということを実践的に描いた『地球にちりばめられて』に結実しているようです。多くの読者(日本語を母語とする者たち)にも、日本語でこの本(『地球に~』)を読むことの意味を教えてくれるような気がします。言語表現の可能性として、「母語の外に出る」という戦略が有力だということがよくわかったような気になります。また、言語が世界の分節化として機能することを意識させてくれるエッセイでもありました。

「一人の人間というのは、複数の言語がお互いに変形を強いながら共存している場所であり、その共存と歪みそのものを無くそうとすることには意味がない。むしろ、なまりそのものの結果を追求していくことが文学創造にとって意味を持ちはじめるかもしれない」

この「なまり」は、ネイティブ・スピーカーではない人のもつ「なまり(多和田の場合日本語か)」のことです。その「なまり」は『地球にちりばめられて』においてHirukoのもつ「なまり」のようなぎこちない語りに似ているような気がします。彼女のその「なまり」が作品内での人工言語の創造につながっているのでしょう。

「自分の育った環境としての音体系の外部」といった可能性のひとつを、『地球にちりばめられて』にあらわしているようです。
「母語の外に出てみたのも、複数文化が重なりあった世界を求め続けるのも、その中で、個々の言語が解体し、意味から解放され、消滅するそのぎりぎり手前の状態に行き着きたいと望んでいるからなのかもしれない」
ドイツ語という「母語の外」に出会ったという多和田の経験は、単に日本語を相対化するだけではなく、言語活動のひとつの臨界を認め、そこから何かをうみだす源にもなっているように思われます。

(成城比丘太郎)



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