★★★★☆

夢見る少年の昼と夜(福永武彦/小学館P+D BOOKS)

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  • 暗さを彫琢したような短篇集。
  • 寂しさ、死、不安、孤独。
  • とにかく、ただひたすら暗い。
  • おススメ度:★★★★☆(暗い雰囲気が好きなら)

福永は本書に載せられた「『世界の終り』後記」において、自らの作品のいくつかが難解である旨に言及しているのですが、今読むとけっしてそんなことはありません。登場人物の人生の深淵をのぞきこんだような独白や、現在と過去を行き渡る場面や、王朝文学のホラー的作品(=「鬼」)や、ディストピア文学めいた作品などがここには収められていますが、それらはとくに読みにくいものではありません。それよりも、あまりに暗いかんじを漂わせているので、多少辟易するかもしれませんが、透徹した冬のしみいるような大気が充満したこの時期には、うってつけの一品です。それにしても、この暗さにはどこかで会ったことがあると思ったら、あれですね、アニメの『灰羽連盟』ですね(あくまで個人の印象)。寒さに覆われ、閉ざされた世界という、なんともいいようのない倦怠を感じさせる印象が似ているような気がします。しかし、本書には、このアニメよりも、さらに死(自殺)や不安や孤独といった文言が直截に使われています。各短篇のタイトルをみても、「死者の馭者」、「死後」といった死をもちいたものから、「秋の嘆き」、「夜の寂しい顔」、「影の部分」といかにもかなしげで陽のあたらない感じをあたえてくれるものまで、暗さがにじみ出ているのがうかがえます。

この短篇には子供を主題に扱ったものがありますが、それらも死に深く彩られています。表題作の「夢見る少年の昼と夜」に出てくる太郎少年にはまず母親がいません。そして、父親も普段は不在であることが示されます。死というのは、ここでは、いわば様々な不在の標でもあります。太郎を描きだす作者の(客観的な)筆は、当該短編の後半になると、縁日での幻想的な光景から死者との会話へと移ります。また別作品の「死者の馭者」に出てくる、家族の死をその身にまとった少年の姿〔と死者の馭者を乗せた車〕は、語り手の僕を(熱病時において)夢と現の悪夢へと導きます。

福永武彦の作品には自身の(結核)療養所生活をモチーフにしたような創作があります。「風景」では、私の入院先での奇妙な男の話。「幻影」では、いつも療養所からある男性に向けて手紙を出す女性の話。これらの挿話を作者は第三者的に描いています。いずれも死が迫ったなかで浮かびあがる生と愛の話ですが、それほどロマンティックなものではありません。どちらかというと、現実に染まった愛の行く末を醒めた目で描きだしたような感じです。

また、女性の不安や孤独もいくつかの短編で彫りだされます。「秋の嘆き」で浮き上がるのは、父が狂人として死に、また兄が自殺して、その後母も死んで一人になった女性の独白です。現在と過去を交互に綴ることによって、孤独と不安が浮き彫りになります。「一時間の航海」には、ある大学生が船の中で出会った女性の身の上がどうしようもない絶望とともに語られます。彼女の生きる不安が船の波とシンクロするように揺れているようです。ここでは、甘い空想にふける大学生と、きびしい現実に自らを追い詰めようとしている女性との対比で、愛の不可能性のあり様がうかがえます。

だいたいにおいて、本短篇集に通底しているのはどうしようもない寂しさです。「夜の寂しい顔」なんてタイトルはまんまそれですからね。もう、寂しさフリークの私としてはこのタイトルを見ただけでよだれが出てきそうです。「心の中を流れる河」と「世界の終り」の二編には、そのものずばり「寂代(さびしろ)」や「弥果(いやはて)」というなんとも寂しげな北海道の架空の地名が出てきますし。ああ、もう寂しさに眩暈がしそう。冬の木立ちからは完全に葉は枯れ抜け落ち、散り敷かれた落葉のシートを踏みしめる時と同じように、存在に対する感覚もはかなげな音を伴いながら、次第に細かく砕かれ、意識の破片は吹きあげられて、枯れ枝の間をぬうように蒼穹へ吸い込まれ、星々と鳶の大群による不可測の音符が調べる弔鐘の叫びを連れて、深くくろずんだ宇宙の先端に浸みいっていくような、そんな寂しさがあります。

この短篇集でちょっと異色なのが、「未来都市」です。主人公が放浪中に入った【自殺酒場】というなんのひねりもない名前の酒場から、ある都市に連れて行かれます。ここで描かれる都市は、ユートピアのようなものでいて、またディストピアのような世界でもあります。ここでは、人間を明るく清らかにするために芸術は市民に奉仕し、またある宇宙線の放射(=神性放射)によって市民の精神は恒常的に安定し、過去のことを忘れて、誰も自殺しないし誰もが幸福に生きることができるというのですが……。

本書で頻出する死や死のイメージは、ただ単に命が奪われたりするなどしての、何らかの不在としての所与を表すとともに、人物たちの未来が閉ざされ、可能性がみえなくなるということを示しているようです。そのなかで孤独や不安や寂しさといったものが、ときに幻想を伴って膨らみ、登場人物たちの境遇を不可逆的な運命の軌跡をエッチングのようにうきだしにしているようです。

(成城比丘太郎)


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