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大西巨人と六十五年(大西美智子/光文社) ~人生で絶対読むべき本について

投稿日:2018年2月16日 更新日:

  • 約70年間にわたる、たたかいの記録です。
  • 回想記でありながら、著者自らの経歴や想いを綴っています。
  • ともにあることの倫理。
  • おススメ度:★★★★☆

2014年3月12日に、97歳で亡くなった作家、大西巨人。以前の記事(2017年8月24日)で紹介した『神聖喜劇』(漫画版)の原作者であった、その大西巨人と65年間ともにあった美智子さんの、巨人と知り合ってから、巨人の最期を看取るまでの、ある程度克明な記録ともいえる作品が、本書となっております。巨人が「無」になってしまったという、美智子さんのやるせない感慨が、「残された私」の苦しみの言葉として、痛切なものとしてこちらの胸に迫ってきます。美智子さんの簡単な生い立ちから、巨人との出会い、そして最期の時まで、それらがかなり淡々と簡明な文章で書かれているのですが、それがまた私の流涕を誘いかけるようです。大西巨人は生前、「作家は作品が残ればよい」と言っていたそうで、もしかすると、こういった形で自らの生活史的履歴が公表されることに関し、本人としては、本意ではないかもしれないというおそれもあるやもしれませんが、そのようなことは杞憂にすぎないことでしょう。なぜならば、大西作品と同様、ここには、けっして俗情的なもののみには傾かないという気品のようなものがあるからです。日々の苦しみ、かなしみ、うれしさ、楽しさなどといった感情を伴う、巨人と子どもさんたちと過ごした生活が、なぜか微笑ましい厳格さの中に垣間見られる回想録ともなっております。

美智子さんが大西巨人と出会ったのは、1946年。戦後の福岡で、美智子さんの兄が巨人と知り合い、彼女は巨人と近所の者として付き合うところからはじまります。美智子さんはまず、大西がその当時編集に携わっていた雑誌の発行元へと面接に赴くのですが、そこでのやり取りが、興味深いです。まず大西が、「どんな女性作家の本を読みますか」と問うて、美智子さんは「林芙美子です」と答えられたら、「とたん『林芙美子はだめだ』と怒鳴られた」そうです。これを読んだ時に、私は、大西巨人が以前ものした作品に出てきたあるエピソードを思い出しました。どの作品かは忘れましたし、調べるのも面倒なので概略だけ書きます。そこでは、編集者である主人公が、自らの雑誌への寄稿を作家たちに依頼した際、太宰治や坂口安吾といった無頼派と呼ばれる人物は意外にも丁寧な断りの手紙を送り返してくれたのに、庶民的であるはずの林芙美子は全く何の応答も寄こさなかったと、恨み言のようなことが述べられていました。これがどの作物にあった挿話なのか失念しましたが、以上のようなことが書かれていたと記憶しています。なるほど、これはおそらく本当にあったことなんだろうなぁと、ちょっと大西の人物像が見えるような気がしました。

本書には、大西とともに人生を歩き、「私を導いてくれた」と美智子さんに言わしめた、大西の人生に対する態度や人間観なども綴られています。ここには、美智子さんが大西の薫陶を受けて、新しい境地へと導かれていく様が、土から這い出した花の芽のようなかんじで描かれているようです。その花に降りかかるのは、大西の数々の金言でしょう。例えば、
「何事か生じた時に、その人の真価はわかる」
なるほど、当たり前ですが、その通りでしょう。人が何かしらの境地に到った場合、それが否定的なものであれ肯定的なものであれ、そうしたもので他者の人品骨柄はある程度推し測れるというものです。こうした倫理は、「うそつき、ごまかし、曖昧」を嫌うという大西の性情とあわさるとき、大西家の生活をある程度厳しいものにもさせるのですが、それは、あらゆることに妥協を許さなかったことや、自らの決めた厳格さを前には、屁でもないということになるのです。

大西家の生活の厳しさは、主に病気との戦いでもあったのです。長男赤人さんと三男野人さんが血友病を患ったということ。治療法や保険が充足的なものではなかった数十年前のことですから、相当の苦労があったことが、この記録からうかがえます。これらはあくまで事後的に書かれたものですから、当時の状況がどれほど困難の暗闇にあったのかは推し測ることはできません。そして、それに伴う差別の問題などもありましたが、しかしそれは決して生活に暗い影を落としたわけではありません。生きるという意志、その堅牢な大西の意志が乗りうつったのか、最期までひとりびとりが、己の志操を貫いているようです。それから、大西巨人自身の幾度にもわたる癌との戦いも待っていました。また、本書後半を占める大西巨人の介護も綴られるのですが、それに関しては、私がくだくだしく書くまでもありません。大西巨人のよい読者(?)の方には(そうでなくとも)、実際に読んでもらいたいです。

【ここから余談】
さて、私は、日本の小説においては、絶対これは読まなければならないものはないと思っています。このことは、当ブログの主旨に反するかもしれませんが、決してそうではありません。なぜならこのブログは、この小説は必読ですよという、スタンスでやっているわけでは必ずしもないからです(おそらく)。ですので、小説に関しては、限定的な事由がない限り、一般的な必読本などないと思っています。夏目漱石を読まなければならないかというとそうではなく、村上春樹を読まなければならないかというとそれもなく、ただ、好きなものを好きなように読めばいいんちゃうと思うだけです(とはいえ、これを読んでほしいなぁと思うことはありますが)。もし、外国人(旅行者)が、「日本人ナノニ、ハルキムラカミ読ンデナイノ、ホワイ?(ジャパニーズピーポー)」と云ってきたとしても、それはなんも気にすることはありゃしません。

しかし、もし、どうしても一作品だけ必読本(小説)をあげろと言われたら、私は迷いなく『神聖喜劇』(光文社文庫)をあげるでしょう。というか、日本文学ではこれしかありません。およそ日本人である限り、この『神聖喜劇』だけは読んでいなければならないものだと確信しています(大袈裟)。いえ、読まずに人生を終えてしまうのはもったいないと小声で叫びたいです。内容がすばらしいから?思想的に読みどころがあるから?いいえ、もちろんそれらもありますが、戦後(生まれ)の日本人が(日本の)小説を読む場合、これだけは外せないと思っています。

内容の是非などは、読んでから語ればいいし、たとえ読後につまらないと思ったとしても、読み通したことに意味がある、そういう作品だと思うのです。つまらないと思っても読むべき本だというのは、ちょっと傲慢かもしれませんが、夏目漱石のように国民的文学として読まれてもいいんじゃないかとひそかに思っています。たとえ、何年かけてでも読んでほしい。それはなぜか。私が今さら語るまでもないでしょうが、この作品が日本の小説(文学)のなかで、数少ない世界文学に比肩しうるものだからです。トーマス・マン『魔の山』や、『カラマーゾフの兄弟』やプルースト(や『家畜人ヤプー』や『死霊』)を読めるのならば、本作も読んでほしいのです。もちろんそれだけではありません。まあ、ありていに言うと、こんなにおもしろいのに読まないのはもったいないということです。

決して読みやすいとはいえない部分もありますが、それも含めてじっくりと、一生をかけてでも(大袈裟)読んでほしいのです。一日4~5ページずつ読んでも、一年半から二年くらいで読み終えられますし、そう考えると難事業ではないでしょう。もし、日本の学校などで、『神聖喜劇』を読み通すという授業が一律に行われたならば、という夢想をしてみるとどうでしょう。ちょっと考えてみましたが、その光景は、なんというか少しおそろしいものがあります。いや、それ自体すばらしいのかもしれませんが、まあ、そこまでせんでもええよね、っていうのが素直な感想ですね。それにまあ、内容的に、性に関する部分もあるので、高校生以上がその対象になるでしょうし。
ここまで書いてきてなんですが、あくまで「どうしても読まなければならない日本の小説」を無理にでもあげろと言われた場合のことなので、基本的には、当ブログの主旨通り(?)、「よかったら、読んでみて」という結論に落ち着くのですが。

(成城比丘太郎)



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