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奪われた家/天国の扉-動物寓話集(コルタサル、寺尾隆吉〔訳〕/光文社古典新訳文庫)

投稿日:2018年7月25日 更新日:

  • コルタサルの「真の処女作」にして、最適な入門書
  • 都市生活者の不安とペーソスをかんじとれる
  • 解釈は読み手次第
  • おススメ度:★★★★☆

アルゼンチンの作家フリオ・コルタサルの短篇集。この『動物寓話集』は、いままで未邦訳だったようです(この短篇集がきちんと翻訳されたのは、これがはじめてだそう)。この中の何篇かは読んだことがありますが、ほとんどが初めて読む作品ばかり(おそらく)。タイトルにもあるように、動物(生き物)が異物的な存在として登場したりして、一読、奇妙な味をもたらしてくれます。出てくる動物が意味することや、登場人物たちに起こったことをどうみるかは、読者の想像と解釈にゆだねられる部分もあります。こう書くと、読むのがめんどくさい部分もありますが、それほど難しくはありません。なぜならコルタサルが書いたものは、彼の「現実」を軸に据えたものだからです。「現実」に拠っているものとして読むと、解釈的には難しくはないということです。

本書中の八篇のうち、はっきりと読んだ覚えがあるのは最初の二篇。
『奪われた家』は、簡単な筋の話。ふたりの兄妹が住む、思い出の詰まった家がある日何者かに奪われていくというだけ。寓話ととるか現実的な話ととるかは読み手次第。とは言え、いろんな読み方ができる(「解説」にあるように。岩波文庫版のコルタサル短篇集ではさらに穿った?読解をしている)。私としては、蔵書がある部屋が奪われていくさまが、かなしい。
『パリに発った婦人宛ての手紙』には、小ウサギが喉から次々と込み上げてくる「私」の様子が一見シュルレアリスム風に描かれるものの、そこには確固とした「現実」を伴う苦しみがある。自らの違和感を、異物として吐きだしたような感じを覚えた。

『遙かな女――アリーナ・レエスの日記』は、言葉遊び(回文やアナグラム)を用いた、話としては簡単なもの。この言葉遊びが有効的に使われているが、翻訳者の苦労がしのばれる。『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳した柳瀬尚紀ほどではないだろうが。

『バス』は、これは集中、一番リアリズム作品で分かりやすいでしょうか。バスに乗った二人の男女に向けられる他人の敵意(悪意)がひしひしと感じられる。ちょっと厭な作品。

『偏頭痛』は、何というか(軽い)偏頭痛の苦しさを知っているものからしたら、読んでいてしんどかった。進行する様々な病状がそれらを解消する薬とともに描かれる。さらにそこへ架空の動物マンクスピアの世話という淡々とした作業も加わって、猛暑の中読むと何だか頭が痛くなりそう。「頭のなかで生き物が円を描くように歩き回る」という描写は身につまされる。

『キルケ』は、「ギリシア神話でオデュッセウスに魔の手を伸ばす女神キルケ」にその姿を重ねられたデリアにまつわる話。二人の婚約者を次々に亡くした(一人は自殺)デリアは、新しく出来た恋人マリオにも、死の影を感じ取るようで、それがラストの破滅的な光景に繋がります。その光景はある生き物が苦手な人にはきついでしょうか。「奇妙な癖、香料や動物を操る腕前、単純で怪しい事象との繋がり、近寄ってくる蝶や猫、臨終の息遣いのようなオーラ」を持つデリアには、なんだかある種のかなしさをおぼえる。

『天国の扉』は、多くの研究者らなどによって「最も優れた作品」とされています。コルタサル自身も「最高の出来栄え」と自賛したようで、そのことがもっともとおもえるような、良い作品で、個人的にも一番ペーソスを感じる。内容は「私」と友人のマウロが、亡くなった女性セリーナを思いながら、最後にタンゴを踊る彼女の姿を幻視する。「私」ことマルセロの視点で書かれながら、二人の男性がもつ(思いの強さの)違いが浮き彫りになるのが印象的。

『動物寓話集』は、夏休みをフネス家で過ごすことになったイサベルの話。彼女は出かける前から、その場所での光景を思い浮かべて不安や怖さをおぼえる。幼いイサベルが、フネス家の人々のことをよく観察しているのがおもしろい。しばらく過ごすうちに「夏の幸福」がわきあがってくるイサベルだったが、その家には「トラ」とよばれる謎の生き物らしきものがいて、それが何なのかよう分からないものの、異物的な存在として、フネス家に最終的に破綻をもたらすもとになっているよう。本短篇には他にもいろんな生き物が出てきて効果的。また、視点の転換を読点でうまい具合に表して、ラストの長いセンテンスを一気に読ませる。

もっとコルタサルが読みたくなる短篇集だった。

(成城比丘太郎)


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