★★★☆☆

山岡鉄舟と月岡芳年について《1》~あるふたりの会話から

投稿日:2018年11月12日 更新日:

  

山岡鉄舟-決定版(小島英記/日本経済新聞出版社)
月岡芳年伝(菅原真弓/中央公論美術出版)

  • とあるふたりの暇にまかせた会話
  • 幕末明治を生き抜いたふたりの人物から
  • 江戸で生まれたふたりに、ニアミスはあったか?
  • おススメ度:★★★☆☆

【はじめに】

今回は、山岡鉄舟と月岡芳年という、幕末から明治にかけて生きた二人の偉大な(?)人物について書きたいと思います。長くなるかもしれないので、今回は記事を二つに分けて投稿したいと思います。私はこの二人についてそれほど詳しくは書けないので、そのいい加減なところを含む内容を、これから書いていくふたりの会話に託したいということになると思います。専門的なことは何も書かないので、その点ご容赦ください。

【登場人物】

《神》……自称「神」。偉そうな人物。何者なのかは不明。
《私》……この記事を書いている私とは同じではない。

【場所は《私》の部屋。神、登場】

《神》…おいこら、遊びに来たぞ。

《私》…やあ、来ましたね。待ってはいなかったけど、今日は特に何もすることはありませんよ。

《神》…それはどうでもいいんじゃ。それより、お主は何を読んでおるのじゃ。そこらじゅう書物だらけだが。

《私》…ああ、これらは、山岡鉄舟と月岡芳年という人についての本ですよ。私が今見ているのは、この前、平凡社という出版社から出た芳年の画集的な読み物です。

《神》…鉄舟に芳年のぉ、その芳年というものについての本は、なかなかカラフルじゃが、どういう人物じゃ。

《私》…芳年というのは、天保10年(1839年)生まれで、幕末明治に活躍した「最後の浮世絵師」と呼ばれている人物です。

《神》…なるほどなぁ、それだけじゃよく分からんが、その人物はそれほどすごいのか?出版社の名前は、平凡とあるが。

《私》…いやいや、出版社名とは何の関係もありませんよ。まあ、すごいかどうかは分かりませんが、私は結構好きな絵師ですね。もちろん、浮世絵師全体のことはよく知りませんが。

《神》…しかし、「最後の」という惹句には、それなりの意味があるのだろ?

《私》…そりゃもちろんあるでしょうが、他にもこう呼ばれている人物はいますからね、何とも言えません。ただ、芳年は幕末明治という時代の流れに乗って作風を色々と模索したようですし、とくに明治という新しい世相を映しとったというか、その新体制というものの時流に乗ったというか。

《神》…なんかよく分からんが、ちょっとそれを見せてみせい。(本を受け取る)なになに、「芳年武者无類(よしとしむしゃぶるい)」の山中鹿之助幸盛というのを見ていたのか。

《私》…ええ。ちょっと気になったものですから。

《神》…何がそんなに気になったんじゃ。

《私》…それを見ていただきたいんですが、この絵では山中幸盛が、川をはさんで向こうにそびえる山の上にある三日月を拝んでいますね。それは、一説には、彼が16歳の初陣の時に武功を願ったとされるものだと思うのですが、この光景に見覚えがあるんですよ。

《神》…なに!?お主は、この時代に行ったことがあるのか?

《私》…ええ、ちょっと過去へ行く機械でって、ちがいますよ。そこに描かれた光景と思われる現在のものに見覚えがあるのですよ。

《神》…まあ、そんなことはわかっておったぞ。それでだな、この顔は横顔だから分からんが、16歳にしては老けて見えるぞい。

《私》…いやまあ、そう見えるだけですよ。それに、別の画を見てもらえば、これが若い時のものではないかって分かりますから。

《神》…そうなのか、まあそれはいいとして、これはどこなのじゃ。

《私》…その場所は、私的には、出雲の国にある月山富田城を望む河原だと思うんです。その絵にある山が、鹿之助が仕えた尼子家の居城である月山富田城ですね。それで、その川というのがその城の前を流れる飯梨川っぽく見えるんです。とまあ、そういう光景に見覚えがあるんですよ。

《神》…なるほどな、出雲には年に一回は行くから、知っておるぞ。ここの辺りには、富田八幡宮というのがあったはずじゃ。もちろん、寄ったことはないがな。その川のことは覚えておらんが。で、芳年というのは、出雲に行ったことがあるのか。

《私》…いえ、おそらくないでしょうね。でも、なんだか行って見てきたような光景なんですよね。で、次に、この本を見て下さい。これは月岡芳年の『月百姿』(青幻舎)という画集なんですが、ここにも山中鹿之助幸盛が出てくるんですが、ほら、こちらの幸盛は兜に三日月をつけて凛々しい面持ちで正面を向いているでしょう。

《神》…おお、そうじゃの。これはなんとも勇ましく見えるものじゃ。なるほど、もうすでに数々の武勲をあげているかんじじゃな。おまえの言うことがわかったぞい。この『月百姿』の幸盛像は確かに「芳年武者无類」のものよりも老けて見えるな。

《私》…ね、そうでしょ。

【「血みどろ絵」制作者としての芳年】

《神》…(パラパラと画集をめくる)それにしても、この残酷な絵はなんじゃこりゃ、わしもこんな光景はいくらで見てきたが、本当に人間はこんなのが好きじゃのう。

《私》…あっ、それはいわゆる「血みどろ絵」ってやつですね。

《神》…「血みどろ絵」って、なんだかセンスのかけらもないネーミングじゃのう。それに、こう言っちゃ悪いが、本当の血みどろとはそんなものじゃないぞい。これでも数々の戦場やらを見てきたが、もうなぁ、わしでもあきれるほどじゃ……(ブツブツ)

《私》…(ええと、神さまも結構残酷なんじゃ…)まあ、それはいいんですが、芳年の描いた「血みどろ絵」というのは、幕末の「浮世=現世」を表したものですよ。えーと、この『月岡芳年伝』という本からすると、血みどろの世相を自らの内に取りこんで芳年がそれを表現作品として反映させたものといえるのでしょう。だから、ある程度生々しくならざるをえなかったんですよ。なにも好き好んでこんな絵を生みだしたわけではないとは思いますが。

《神》…ああ、たしか、この時期はこの国も荒れておったのう。

《私》…まあ、荒れていたのはこの時期だけではないですが、芳年は、幕末にあった官軍と彰義隊との戦い、というか官軍の一方的な討伐である上野戦争ですね、で、その後の様子を見に行って、そこに転がっていた死体を実際に写生して、こういった「血みどろ絵」の一部を描いたんですね。

《神》…なるほどな、いわば今でいう報道写真的なものかの。しかし、他にもえげつない絵はあるようじゃが、芳年というのは、こんなのが好きだったんじゃないのか。

《私》…まあ、好きだったかどうかわかりません。それで、その報道写真的なものでいうと、明治に入ってから「郵便報知新聞」というものに付けられた絵を描くわけですから、そういった面はあるかもしれませんね。といっても、それに関しては、兄弟子に当たる「芳幾」という絵師の影響もあるんですが。まあ、残酷なのが好きだったかどうかは分かりませんが、何度も言うように、血みどろの世相ではあったのですよ。

《神》…まあ、それは分かった。これらの本を速読したところ、そういった「血みどろ絵」が芳年再評価の一因ではあるようじゃな。

《私》…まあ、私も最初はそこら辺に惹かれなかったといえばウソになりますが、でも、他の作品を見ていくと、この『月百姿』のシンプルな美しさとか、その他のやつの方が素晴らしく思えますね。

《神》…それでじゃな、この『月岡芳年伝』を読んでおったら、どうやら芳年というのは、先達の色んな作品を構図的にパクっておのれの作品制作にいかしたようじゃが。これというのは、わしの現在の知識では、二次創作もしくは著作権法違反とかにあたるんではないか。

《私》…その時代に二次創作という概念があったとは思いますが、しかし、そもそも著作権はなかったでしょうしね。まあ、日本の文芸にはパロディとか本歌取りとかの歴史がありますからね。現在では、著作権という縛りはもちろんありますが、少しくらい大目に見てもいいとは思いますが。それはいいとして、そういった意味でいうと、この時代のことですから、本人がパクっていたという意識を持っていなかったでしょうね。

《神》…なるほどのう。どうしても、わしの知識というのは、現在わしを信仰しとる人間の知識として更新されるからのう。

《私》…へぇ、あなたを信仰する人がいるんですね。

《神》…あたりまえじゃろ、まあその話は後でするとして、次じゃ次。

【山岡鉄舟との接点は?】

《神》…で、芳年については分かったんだが、この山岡鉄舟という人物はよく分からんな。こいつも幕末の人間か。あの頃は色んな人物が、わちゃわちゃしておったからの。

《私》…芳年どころか、鉄舟もですか。神さまなんだから、覚えてないんですか?

《神》…先ほど言いかけたが、わしらにとって、記憶とは、己が蓄えるものではなくて、わしらを信ずる者たちが蓄積するもんなんじゃ。であるからして、わしを信仰する者がいなくなれば、わしもまたいなくなるというわけじゃ。つまりだな、現在みたいに信仰心が薄れてしまうと、わしの存在感も薄くなってしまうんじゃ。

《私》…へぇ、なんだか大変ですね。万能ではないということですね。

《神》…そうじゃ、であるから、つい150年前のことでも、きちんと記憶しているものが少なくなれば、もうその時のことは忘却の彼方か、あるいは、わしの信仰形態が変わってしまうと、わしの存在が変成してしまうわけじゃ。まあ、そんなわけで、その鉄舟と芳年のこともきちんとわしのメモリーにはストレージされておらんのじゃよ。

《私》…そうなんですか。鉄舟は、天保7年(1836年)生まれで、芳年と同じく江戸生まれですね。で、鉄舟は幕臣だったので、おそらく芳年とは何の関係もないでしょうね。

《神》…そうなのか、どこかで会ったことはないのか?

《私》…そりゃ、ちょっとすれ違ったことくらいはあるかもしれませんね、くらいでしょう。芳年は1万点近くの作品を残したそうですが、おそらく鉄舟を描いたことはないでしょうから、鉄舟という名前も知っていたかどうか。いやまあ知ってはいたでしょうが。

《神》…でも、何か面白いではないか。同時代人で、同じ時代を生きたと。なんか、ドラマでも書けそうではないか。それにしても、あのドラマという見世物は面白いな。

《私》…そうですね、金曜時代劇的なものの原作では書けるかもしれませんが、大河ドラマでは無理でしょうね。そんなことしたら、考証的にものすごい無理があるといってクレームが来るでしょうから。

《神》…そんなもんか。世知辛いのう。

《私》…ええ、とくにきちんとしたドラマでは、歴史オタクが黙っていませんよ。でも、漫画とかだと描けるでしょうね。漫画になると、なぜか分かりませんが、時代考証的に無茶も通るんですから。それよりも、芳年の画業に、もしかしたら、山岡鉄舟が手助けしてる面はあると思うんで、間接的に芳年は鉄舟に感謝しなきゃならないかもしれませんね。

《神》…それはどういうことじゃ?

《私》…それについてはですね、申し訳ないんですが、ちょっとこれから出かけなきゃいけないんで、続きはまた戻って来たときでいいですか?

《神》…なに!?それはおあずけということか。まあいい、ではそれまで、この『山岡鉄舟』でも読んでおこう。

《私》…すいません、すぐに帰ってきますので、そこら辺の本ならどれ読んでもいいですから(出ていく)。

【「山岡鉄舟と月岡芳年について《2》」につづく】

(成城比丘太郎)



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