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★★★☆☆

巡査長 真行寺弘道(榎本憲男/中公文庫)

投稿日:2019年2月18日 更新日:

  • 伝統的なはみだし刑事もの警察小説
  • 登場するギミックが新しいところで差別化
  • テーマは分かるけどスッキリしない
  • おススメ度:★★★☆☆

タイトルだけ読んで買ったので、てっきり昔ながらの「足で情報を稼いで状況をひっくり返す地味な刑事もの」だと思って読んだのだが、どちらかというとハイテクを駆使した頭脳戦という様相で、予想したものとずいぶん違った。男の哀愁を描く……というよりは、自由や人間とは? という一種青臭いテーマを真正面から扱っている小説である。いい娯楽小説だと思うが、ちょっと癖がある。

(概要)ベテランの捜査一課ヒラ刑事・真行寺は、介護施設で起きた死亡事件の捜査中、自称・ハッカーの黒木と親しくなる。続く元警察官僚の議員変死事件で、背後に蠢く巨大組織の臭いをかぎ取った真行寺は、黒木の力を借り真相に迫るが―。ゲノム編集など幅広くリアルな知見に裏打ちされた、圧倒的なスケールの痛快娯楽大作登場!文庫書き下ろし警察小説。

序盤の内容を紹介すると、介護施設で起きた死亡事件というのは、介護ロボットが急に入居者に対して暴言を吐きまくって老人がショック死するという内容である。話の焦点は、自然、いったいだれがロボットのプログラムを書き換えたか? というところにフォーカスされていく。それを助けるのか、紹介にもあるハッカー黒木である。

二人を紹介すると、主人公の真行寺は53歳だが、ヒラ刑事でバツイチ。ロックとその体現する概念「自由」をアイデンティティとするステレオマニアとして設定されている。前半の設定は、よくある設定だが、後半のロック好きというところから、電子機器の店で、もう一人の主人公ともいえるハッカー黒木と仲良くなる。黒木は絵にかいたようなノマド民で、自由で飄々としていてそれでいて天才ハッカー(作中にもあるがハッカーは必ずしも悪い意味ではない)として描かれている。もちろん金はあって、生活には苦労していない。

言って見れば、主人公は二人ともありふれた設定なのである。しかし、一見食い合わせが悪そうな「警察小説」と「ハッカー」を合わせたところに、風変わりなバディムービー(二人組を主人公にすえた映画)の台本のような本書が出来上がった。

私の読んできた警察小説と言えば、だいたいが「正義とは何か」を警察という組織の中で問うものが多かった。本書はそれらとは一線を画し「自由」がテーマになっている。さらに、遺伝子やクォークまで持ち出して、根源的な存在論を吹っ掛けてくるシーンもある。テンポがいいので、それで何か不都合があるわけではないのだが、少々、背伸び感があるのも確か。

それはやたらめったらテーマを広げていったのにもかかわらず、後半の不可解な畳み方に感じる。各所で絶賛されたらしいが、それは遺伝子や電子社会の脆弱性や個人情報など、現代的なテーマを娯楽小説で扱っている部分だろう。物語としては、ちょっと強引且つ引っかかる部分が多いのだ。

黒木が語るハッキング技術もなるほどとは思うが、一応、IT産業の末端に従事している身としてはちょっと「飛び道具」過ぎるし、素人向けに単純化されているような気がする。携帯会社のデータベースのパスワードに複数のロックがかかってないのは不自然だし、大量のデータを吸い出すのに、無線経由ではとても時間が足りないだろうと思うのだが、それもクリアしてしまう。著者は相当プログラムやネットワークに明るいと思うのだが、ときどき「ファンタジー」を繰り出しているので、ちょっと冷めてしまう部分もある。もちろん、基本的には良くできていて面白いと感じるのだが。黒木に対して、敵対組織のハッキング技術が弱すぎるのも気になる。真行寺のスマホくらい簡単に乗っ取れると思うんだが。

また、主人公が53歳ということだが、ロック好き(実際の名曲が事件のキーワードの一つになっていたりする)なので、かなり幼く感じる。若者という設定の黒木とほぼ同い年に思えてしまう。それに妙に呑み込みが早く、機械音痴の割にはコンピュータの基本概念をすんなり飲み込んでしまったり、色々、粗っぽいところがある。ご都合主義というか、軽く済ましている部分が散見できる。

じゃあ、しょうもない小説かと問われれば、そこそこ面白いわけで、娯楽小説として気楽に読む分には十分だろう。大層なテーマも引っ張ってこられるが、その部分は刺身のツマと思えば、気にならない。

しかし、私のこの感想のようなモヤモヤ感はどこから来るのだろう? 恐らく、テーマやギミックが先にあって、本来読みたかった重たい人間ドラマが少ない事が原因ではないかと思っている。何となく今の時代の空気感をそのまま映し出したような、虚しい感じが漂っている。もうちょっと二人の主人公の心の奥にある悩みや苦しみに突っ込んでも良かったのではないか。特に黒木は正体不明の人物として描かれているが、せめて、その闇の部分のヒントくらいは欲しかった。どうも裏では設定されているようだが、表現されることは無い。

作品を深く理解するためには、登場するロックやブルースの名盤を聞いてみる方が良いかも知れない。私はそちらの方に興味が湧いた。逆にそれをうるさく感じる様であれば、あまり相性が合わないと思う。

ホラーの合間にちょっと軽め、且つ、現代的なお話が読みたくなったら、無難な一冊。強力にプッシュもしないが、ハッキング技術などに興味があればおススメ。

(きうら)


-★★★☆☆
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