★★★☆☆

怒る技術(中島義道/PHP研究所・角川文庫)

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  • 中島流「怒る(いかる)」技術の伝授。
  • 怒り方の倫理学ともいえる。
  • 不必要に怒ると、怖いことになる。
  • おススメ度:★★★☆☆

怒る(おこる)人を客観的に見ると、怖いものがあります。誰かを恫喝するかのように怒鳴り散らす人などは、そのエネルギーの放出が、感情にまかせたものであればある程、見ているこちらは何か恐ろしく感じてしまいます。著者の中島義道が「怒る」ことについて書いているのは、こういった(突然)キレるようなことではなく、自らの怒りがどういったものなのか冷静に分析し、(半ば演技的に)怒りを相手にぶつけることです。特に中島が(他の著書でも)言っていることは、自分個人が抱く不快感を言語化し、それを自分固有の怒りとして、他者に伝えることです。中島は、怒りをためこまずに、うまく放出する方法を自らの経験段を基に教えようとするのです。そのことによって、キレることもなく、また、適度な怒りの放出によるストレスの軽減につながるかもしれません(多分)。

まず手始めに怒りを感じることからなのですが、中島の言う「怒り」は、社会的に公認された怒りではありません。政治家や官僚や誰それやに怒ることは、「気楽」にできることで、それでは(怒りの)訓練にならないといます。大事なのは、多数が怒っていることに対して、自分の怒りがそれとズレていることを感じることだといいます。逆に言うと、多数にくみしている限り、中島が言うような限りでの「怒り」は、必要ないのかもしれません。

「怒り」を育てることには豊かなものがあるといいます。自分固有の怒りを感じないということは、他者の「怒り」にも不感症になるかもしれないとのことです。「怒り」とは絶対的に正しいものではありません。中島が強調するのは、「正しい怒りでなくても、怒りを感じたらそれを圧し殺すべきではない」ということです。多数の「怒り」が絶対的に正しいわけではないのです。「それは正しくない」と世間からみなされる「怒り」ほど「悪」とみなされる傾向があり、そう言われると「怒り」は徹底しにくくなります。しかし、それに抵抗して自分固有の怒りを大事にすること。それは、いわゆる「怒り」の感受性なのでしょう。

そうして育てた「怒り」は他人の「怒り」に対しても敏感になるのをたすけます。その「怒り」が個人的なものであるほど、気付くのは難しいですものです。他人の「怒り」への不感症は、自分の「怒り」の醸成によって克服されるでしょう。「怒り」は、物事への(個人的な)違和や、不条理への《否》に起因するものが多いでしょう。そういった「怒り」が個人的であればあるほど、他者に理解してもらうには技術が要ります。何度も言うと、「怒り」は豊かな感情ですが、一方で、相対的にしか「正しくない」ものです。多数が支持しない「怒り」ほど「悪」とみなされる傾向があり、「怒り」の持続は難しくなりますが、それに抗うことで、「怒る」ことの技術とそれの表出方法が熟成されることになります。

「怒り」の表出方法には技術が要ります。相手に自分の「怒り」を正確に伝えること。そのことは、他人の「怒り」を聴こうとする態度にもつながります。自分にとって「重い怒り」は、ためこんでいるうちに変容することがあるので、「正確に概念化し」、放出の機会まで大事に取っておくことが大事になります。ここでは、「怒り」の伝達法の具体例を中島が紹介していますが、はっきり言うと安易に真似してはいけないなぁとは思います。自分に住まう「悪」と向き合いそれを分析すること。他者に自分の「怒り」を伝えることは、その「悪」をそのままぶつけることにもなりかねません。人の「怒り」をぶつけられることは、かなりの軋轢をうむでしょう。時には命の危険もあることでしょう。中島は、「怒り」のコントロールをすることで、「怒る」タイミングを測れるといいますが、慣れない人には難しいのではないでしょうか。中島の具体例は、学者という立場であるのをうまく利用している節もあります。「怒り」慣れていない人は、彼の「怒り」のコミュニケーション例を《おもしろ話》として読むだけに止めていた方がよいかもしれません。

「怒り」の技術はまた他者の「怒り」を受け止める技術も育てます。世間一般の人は一様でありながら、どのようなことに「怒り」を覚えるかは(事情次第では)複雑です。またどんな時に「怒り」を覚えるかもわかりません。善悪に限らず「怒る」こともあるでしょう。「怒り」を伝えるのは綺麗事ではありません。時には、自分の「怒り」が卑劣なものとして表出されることもあると中島は言います。まあ、そこまでひどいことを言う必要はないかもしれませんが。理想的なのは、「無」の上に余すことなく正確に「怒り」を表出しあうこと。そして、個人的な「怒り」を表出する人間も「抹殺」されない社会の実現だということです。こう書くと、何やら社会正義的な「怒り」を思い浮かべるかもしれませんが、あくまで「個人語」で語られる「怒り」です。他者への「怒り」をうまく馴らして、相手との冷静な「対話」を通し、自らの不快感をぶつけ、お互いにコミュニケーションをとることが、「怒り」の理想形なのでしょうが、それほどうまくいかないのも事実です。「p203」には、理想の境地のようなものが書かれていますが、それはちょっと(怒りついての)悟りのような感じで、なかなかそこへ至るのは難しそうです。

喜怒哀楽のうち、なぜか「怒」だけが、個人的なものとして表出することは(日本では)許されないことがあります。ある一定程度の支持を受けない限り、個人的な「怒り」は圧殺されてしまいます。社会学的なことは分かりませんが、不必要に「怒らない」ことが、(日本の)社会生活を送る上での取り決めのようにもなっています。その一方で、うまく個人的な「怒り」を放出する要領の良い人もいます。また、うまく共感的な「怒り」を演出できる人もいます。できれば皆がそうなれば生きやすいのかもしれませんが。

著者の中島は、自らの「怒り」をヨーロッパ生活で鍛え、(この書物の出版当時までに)約20年もかけて「怒り方」を訓練してきたようです。そんなことを普通の善良だ(と思っている)人は俄かには習得できないでしょう。個人的に「怒る」ことが美徳とは思われない日本では、そのような環境自体当分訪れないでしょうし。まあ、自分固有の「怒り」を分析して持続させることはできそうですが。私などは、十代の頃は「怒り」をおさえつけていたものですが、社会に出てかえってうまく「怒れる」ようになったと思っていました。しかし、なぜか生来のひねくれ根性のせいで、「怒り」ではなく「嫌味」を言うことにシフトしたようです。

(成城比丘太郎)



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