★★★★☆

日本怪奇小説傑作集1 (創元推理文庫)

投稿日:2021年2月15日 更新日:

  • 巨匠たちが描く怪奇・幻想・怪談短編集
  • 万華鏡のような怪奇世界
  • 読書の基本に戻られる良書
  • おススメ度:★★★★☆

夏目漱石に森鴎外、芥川龍之介、川端康成、谷崎潤一郎、室生犀星……文学短編集かと思うほどのビッグネームに、岡本綺堂や江戸川乱歩、夢野久作、大佛次郎など、怪奇譚を得意とする歴史に名を残す小説職人の作品がおり混ざった豪華絢爛な一冊。日本怪奇小説傑作集の名に恥じない内容で、久しぶりに本サイトの原点に立ち返った気がした。

読み終わって特に鮮烈なのは夏目漱石の「蛇」だった。文章量で言えば僅か3ページと一番短いが、とんでもない情報の密度で、鰻(うなぎ)取りの怪しい瞬間が濃密に描かれる。私はどちらかと言えば夏目漱石をそれほど好いていない。「坊ちゃん」は好きだが、「草枕」や「こころ」はさほど感銘を受けなかったし、「吾輩は猫である」は途中で挫折した。よく賞賛される文体もあまり好まなかった。しかし、この「蛇」には、小説家としての格の違いを見た。私も今日本語で文章を書いているが、空虚感を覚えるほど、程遠い境地にいる。たった3ページで、読者を異次元の境地に導くのは的確な比喩と磨き抜かれた言葉のためか。なるほど、小説もきちんと勉強しないと書けないのだ。しかもその先で才能という異次元の戦いを勝ち抜かないと意味のある分にはならない。

全ての作家に言及するのも冗長なので、気になった作家を列挙したい。

一番怪談として面白いと思ったのは大佛次郎の「銀簪」。これは女たらしの男が殺した女に祟られる話であるが、その幽玄さ、型にハマらないストーリー展開の巧みさ、オチの鋭さで一推しとしたい。文章力も確かで、夏目漱石と同じく冒頭から物語に引き込まれる。

近江屋貞蔵の最初の計画はお村を捨てて行方をくらますことだった。

貞蔵はこのお村を殺してしまうのだが、改心して出世したのち、とんでもない報復が待っている。それもきちんと伏線を回収しているので素晴らしい。ホラーファンなら一読の価値ありと見た。

江戸川乱歩の「鏡地獄」も凄い。鏡に取り憑かれた狂人の執拗な描写は圧巻。鏡の描写が細かく、この時代にまあ博学なことだと思った。アイデアが出てもここまで書くとは。誰も彼も小説の主人公の狂気の一端を感じられるところが秀でている。

川端康成は流石にノーベル文学賞を意識せずにはいられなかった。「慰霊歌」という作品は、幽霊に憑依される女性との交感が描かれる。ほのかなエロスと不思議なふわふわした文体で、何とも言えない個性があった。イマイチよく分からない世界観だと思ったが、また楽しめた。作者を隠して同じ感想を書けるかどうかは自信がない。恥ずかしいと言えば、著者が老境に至って自殺(定説では)していたのは意外だった。これほどの文才も地位も度量もある人間に何が足りなかったのか。その方が気になったりする。

冒頭を飾る小泉八雲の「茶碗の中」はさすがと言おうか、怪談を知り尽くして、定石を破ってくる。未完ゆえに不気味さが強調される、というテクニックを堪能できる。いかにもありそうな昔語りからの不条理を演出して、しかもそれを断ち切ってリアリティを出す。先の漱石の「蛇」でも感じだが、語らずの怪とでも言えるだろうか。

個人的に大好きな作家である岡本綺堂の「木曽の旅人」は、期待を裏切らない一遍。文章の読みやすさと不気味な内容はストレートに楽しめる。スーパーナチュラルを超えて怪異を描こうとする論理的なスタイルは、「半七捕物帳」の作者らしい。明晰な文章で読者を楽しませる話の持って行き方など、娯楽小説のお手本のよう。ただ、オチは少々強引か。作者にはもっと優れた短編も多い。

逆に全く作者の描く世界が頭に入ってこなかったのは、大泉黒石の「黄夫人の手」。いや、語られるストーリーは分かるのだが、自分とうまくピントが合わないと言おうか、小説に入り込めなかった。内容はタイトル通り夫人の手に纏わる奇譚である。本書の中でも長編の方なのだか、文章量以上に長く感じた。これは好みの分かれる作品だと思う。ピントが合わないのはディテールは凝っているのに大筋が飛躍するからかも知れない。私の理解力が追いつかなかった可能性もある。

もともと苦手意識のあった森鴎外と夢野久作は共に存外に読みやすかった。前者は「蛇」と漱石と全く同じタイトルだが、知的な怪異と言おうか、終始不気味さと静かな狂気を感じた。田舎の名士に宿を借りた学者が遭遇する災難話だ。本書は最初に著者のプロフィールが簡潔にまとめられて居るのがいい。ここにはオススメの小説も書かれているので、また機会を見て鴎外の他の怪奇作品も読んでみたいと思った。後者は例の「ドグラマグラ」ばかり有名な著者で、どんなに奇抜な内容かと思ったが、十分許容できる範囲であった。とはいえアクの強さはなかなかのもので、「難船小僧」という漢字に「S・O・S・B O Y」とルビが振られていてビックリした。乗ると必ず沈没するという不吉な小年が乗り込んだ船の数奇な運命が機関長の視点で描かれる。同性愛や猟奇趣味もあり、怪作と呼べるだろう。

村山槐多の「悪魔の舌」もすごくいい。悪魔の舌を持った男の秘密が推理劇風に描かれていて面白い。単純に楽しめたという点では、「銀簪」の次点くらいの良作。この作品も含め、実際、どの作品も「今風」では無いのだが、そこがいい。知らない漢字をググりながら読む怪談というのは却って新鮮で、自分がいかに臆病な読書を行なっていたかを反省させられる。悪魔の舌の正体は……。

谷崎潤一郎の「人面疽」もメインの話は表題そのものの直球勝負。おおかた予想通りの展開だが、物語は不思議な入れ子構造になっていて、一筋縄ではいかない。タイトル通りの人面疽という映画があるのだが、その主演女優が「そんな映画は撮った覚えがない」という、説明すると訳が分からないが、まあ不思議な世界である。

ラストに収録されている佐藤春夫の「幽霊屋敷」は、これぞ怪談と言える綺麗にお膳立てされた屋敷ものホラー。もちろん既視感のある内容だが、現代の怪談に通じる感覚があり、微妙にクライマックスをずらしてくるなど、細かいところまで楽しめる。まあ呪いの屋敷に住んで呪われる、というありきたりと言えばそれまでなのだが、ここから無数に派生したであろう物語を思うと感慨深い。

泉鏡花、芥川龍之介、内田百聞など、教科書に載っている作家たちの奇譚・怪談が勢揃い。シリーズは3巻まであるので、続きも読んでみたいと思った。

最後に蛇足的雑感となるが、先に書いたように今回の読書中、読めない漢字に多々出会った。恥ずかしながら「惻々と」という熟語を調べてみたりして、一人納得していた。しかし、知らない世界を覗くために知らない言葉を辿る、というのは読書の本来の楽しみの一つで、本当に初心に帰った気がする。私にとって読書は本来は冒険だったのだ。まだまだ開拓者の精神で色んな本を読んでみたい。

※惻々と……悲しくいたむさま。

(きうら)


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