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最近読んだ文学【2019年9~10月】~読書メモ(53)

投稿日:2019年10月18日 更新日:

   

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読んだ本一覧】

・シャルル・バルバラ『蝶を飼う男』(亀谷乃里〔訳〕、国書刊行会)

・マルセー・ルドゥレダ『ダイヤモンド広場』(田澤耕〔訳〕、岩波文庫)

・アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは・・・・・・』(須賀敦子〔訳〕、白水Uブックス)

・ミシェル・ウエルベック『セロトニン』(関口涼子〔訳〕、河出書房新社)

・マヤコフスキー『戦争と世界』(小笠原豊樹〔訳〕、土曜社)

【最近読んだ幻想怪奇小説】

シャルル・バルバラの『蝶を飼う男』は、「シャルル・バルバラ幻想作品集」という副題です。幻想といっても、単なるファンタジックな着想だけではなく、音楽や哲学や科学を取り込んだ、なかなか味わい深い作品ばかりです。
「ウィティントン少佐」という作品は、『未来のイヴ』(の先行作品)を思わせますが、こちらの方がなんというか耽美な感じがします。バルバラは、ボードレールと同世代の人なので、そういう予断が働くのかもしれません。あと、ホフマンやポオの影響を受けているようなのですが、それらよりももっと退嬰的な感じでしょうか。それはおそらく、バルバラ自身の不遇とも関係しているのかもしれません。
作品集で一番美しいのは、表題作の「蝶を飼う男」でしょう。ここに描かれた美しさは実際に読んでもらえれば分かります。私がとやかく言うことはないです。今年読んだ小説で一番美しくてかなしい。
あと、「聾者たち(後記)」という作品は、おもろいけどちょっとかなしいコントといったかんじです。

怪奇小説ではないけれども、スティーヴンソン『眺海の館』(論創社)も読みましたけれども、これについてはとくに書くことはありません。まあまあのおもしろさ。この著者のファンなら楽しめると思います。

【スペインとフランスをめぐる物語】

『ダイヤモンド広場』(1962)は、「現代カタルーニャ文学の至宝」ということで、ガルシア=マルケスも「内戦後にスペインで出版された最も美しい小説である」と語っているそう。この「カタルーニャ文学」とは、すなわちカタルーニャ語(カタラン語)で書かれた文学のこと。書かれた言語自体が重要な意味を持つ作品だといえると思います。それを日本語の翻訳で読むのはどないやねん、とも思うけど、読んでいるとそんなのはどうでもよくなるほどのすばらしい作品。
内容は、スペイン内戦時(1930年代)のバルセロナで、ひとりの女性が戦争に翻弄されながらもしっかりと生きていくというもの。いわば「銃後」の小説といえるのでしょうが、彼女の目線で描かれる様々な生活の細部が時に美しく時に厳しく読む方に迫ってくる。なんだか個人的には、『枕草子』を読んでいた時の感覚にも似ている。これはかなりお薦め。

タブッキの『供述によるとペレイラは・・・・・・』(1994)は、現代作家のタブッキが書いた、同じくスペイン内戦時の、独裁政権下にあったポルトガルを舞台にした作品。主人公(供述者?)のペレイラは、小さな夕刊紙の文芸面を担当している編集者で、そこで外国の文学作品を翻訳したり、作家の追悼記事や物故した作家の記事などを書いたりしている。そんなペレイラがひょんなことから知り合った若者たちに影響を受けて、ポルトガル周辺をめぐる政治状況に直面することになるという内容。アンガージュマンというわけではないかもしれないけど、彼が徐々に市民としての責任に向けて主体的に目覚めていくところがよみどころです。

『セロトニン』(2019)は、ウエルベックの最新作。物語の時代は2010年代後半のフランス。まさに現在のこと。まず舞台はスペインから始まる。フランコ政権の終焉から40年以上経って、ヴァカンスの地となったスペインで主人公がフランコの功罪の、「功」の方に思い至るのがなんとも時代か。それと、最近出版されたウエルベックの、ショーペンハウアーについての本との共通性もふと頭に浮かんだ。
内容としてはそれほど強調して書くことはない。あいかわらず(?)セックスのことが主人公である「ぼく」ことフロランの頭にある。ただし、現在の「ぼく」は新しい抗鬱剤の副作用で性欲が減退している(勃起しなくなっている)。「ぼく」は、現在においてはセックスから離れ、フランスの政治や経済状況からも離れようとしている。「ぼく」がすべてを捨てて「蒸発者」となる経過が描かれていくのだけども、そこでも「ぼく」の頭にふと浮かぶのは(あいかわらず)ペニスやヴァギナのことばかり。ただし、過去において付き合った女性たちとのこと。
そんななか、物語の冒頭で出てくる「ぼく」が付き合っている日本人女性の「ユズ」がなんとも変に印象的。ウエルベックは以前別の本で日本人男性の性的搾取について書いていたけども、今回は日本人女性ユズの性的奔放さ(もしくは倒錯)について戯画的に書いている。あくまでも「ぼく」から見たこのユズの姿は彼の偏見だけれども、何かしらの一片の真理は感じられる。たとえば、ユズが行う(犬との)獣姦シーンを「ぼく」は映像で観るのだけども、そうして「ぼく」は、「日本人女性にとって(ぼくがこの民族の精神性を観察したところでは)西欧人と寝るのは、すでに動物と性交するようなものだ」と考えるのである。これは言い得て妙である。個人的見解だと、日本人にとって獣姦とは異類婚姻譚をすんなりと受け入れるような感じであり、それはまさしく自然との自然な戯れであってなんら(宗教的な)倫理観・価値観にやましいことは(究極的には)あまりないといえるでしょう。ところが、西欧人の宗教的価値観だと獣姦とは重要な意味を持っている。だからこそ時に背徳的という側面をもって見ることができる。この両者の価値観の相違をユズという日本人女性が表している。(本作でも)あいかわらずウエルベック作品で描かれる、登場人物たちの日本人像は偏狭な勘違いが多く含まれるけれども、時にドキッとするようなものもあるので侮れない。というか、ユズの姿が表わすのは西欧人の裏返しのような気もする。ユズはやがて「伝統的な」日本へと帰国する、つまり伝統性へと帰還することが示唆されるけれども、彼女の放縦から伝統への回帰は、ふたつの断絶を表していて、そのことは本作の通奏低音として響いているような気がする。
抗鬱剤のせいで性や生への意欲を失った「ぼく」が、過去にあった女性との生活や仲間たちとのことやフランスの社会経済状況に引き付けられつつも、退廃的な隠遁へと進んでいく。「ぼく」が自分のアイデンティティーを喪失しつつあるのとは違って、タブッキ作品の「ペレイラ」はふたりの男女の政治への関わりによって、自らの立場を責任をもって確立しようとしている。この二作品を並べて読むと、なんともおもしろいものがあった。
ウエルベックにとっては、本作の位置づけがどうなるのか分からないけど、なんか新しい方向への過渡期にあたる作品になるかもしれない。

【マヤコフスキーについて】

さて、タブッキ『供述によるとペレイラ』にも出てきた、マヤコフスキーのこと。『戦争と世界』はマヤコフスキーからみたヨーロッパの戦争を、あくまで自らを通して語ったものといえるでしょう。詩というのは個人的には、読むのに非常に骨が折れるものです。簡単に読みとばせないので、短いものでも読み終わったときにはとても疲れる。特に頭をフル回転させなければならないので。マヤコフスキーの詩自体はそんなに難しくないので読みにくくはないのだけども、時に躁状態で書いたんじゃないかと思われるテンションの高さがあって、一気に読み終わった後にはどっと疲れることがある。これもそうです。とくに感想とか書くことはないので、以下に黙示的ともいえる一連を抜き出して書いときます。

「ある年の秋のこと、/何もかも、/燃え上がりそうに/乾いていた。/太陽は発狂したペンキ屋、/埃まみれの人間を襲って、/オレンジ色に塗ったくった。//どこからともなく、/この地上に/噂が押し寄せた。/ひっそりとした噂だ。/爪先立って歩いている。//噂の囁きは胸に不安を植えつけた。/そして恐怖は/頭蓋のなかで/赤い手をのばして/次から次へと難問を解いた。/そして耐えがたいほど明らかになったのは、/もしも人々を集めて中隊に束ね、/おもむろに人びとの静脈を切開しなければ、/汚染された地球は/ひとりでに死ぬだろうということ。/パリも、/ベルリンも、/ウィーンも、くたばるだろう!」(p33-35)

「フランスよ!/並木道から恋の囁きを追い出せ!/流行のダンスから若者を選び出せ!/きこえるかい、優しいフランス?/すばらしいじゃないか、速射砲の伴奏入りの/砲火と凌辱!」(p37)

【まとめ】

主に西欧の文学作品を読みました。20世紀から21世紀までの、(ある意味での)知識人たちがどのように世界を捉えているのかを、それぞれの立場から分かったような気になりました。ウエルベックの場合は、現在の状況を取り込んでいて、そういった意味ではものすごい現実を見据えているような感じです。たとえ主人公が(ペシミスティックに)隠遁しようとしていても、世界は現実として付きまとうことを感じさせます。

【補足】

一応補足として書いておきますが、タブッキの本は、20年前くらいの初版なので非常に字体が小さかったです。現在、改版されているかどうか分かりません。

(成城比丘太郎)


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