★★★★☆

死ねばいいのに(京極夏彦/講談社)~あらましと感想

投稿日:2018年1月21日 更新日:

  • 殺害された女性を取り巻く人間たちの業を描く
  • 一種のミステリで、一定のパターンを繰り返す
  • 京極作品としては珍しい作風と独特の読後感
  • おススメ度:★★★★☆

インパクトの強いタイトルだが、これがメインテーマになっていて、一章(作中では〇人目と記述)に必ずこの言葉が登場する。京極夏彦の作品は結構読んだが、文章に類似性はあるものの、どこか他の作品にない乾いたイメージのある作風である。

(あらまし)鹿島亜佐美という若い女性が、何者かによって3カ月前に殺されたという設定で、現代が舞台。小説は全部で6章立てになっているが、それぞれに主人公が違い、その主人公の一人称で物語が語られる。全ての章に共通して渡来健也(ワタライケンヤ)という20代で口の利き方がぞんざいな今風の若者が登場する。それぞれの主人公は彼から亜佐美との関わりを尋ねられるのだが、彼らが語るのは自分の都合ばかり。そして、健也が口にする「死ねばいいのに」というセリフで断罪されていく。誰が犯人かというミステリ要素はあるものの、主題は人間の心の闇の深さ。

上記のように「殺害された亜佐美について、どんな女性だったかを健也が聞いて回る」という構成になっており、どの章の主人公も健也の求める情報を口にすることができない。しかし、健也は亜佐美とは4回会っただけで、友達でもなければ恋人でもない、自称「知り合い」である。この奇妙な構図で、毎回毎回、主人公たちは亜佐美の事を語っているつもりで自分の不幸を嘆くのである。健也は口の利き方はぞんざい(ため口で〇〇っすとか話す)だが、腰は低く、暴力も振るわない。ただ、それぞれのキャラクターにグサッと来る一言を投げかける。

当初、亜佐美は男性関係がだらしない女性、として描かれている。不倫をしていた上司や愛人のヤクザなどが主人公として出てくるので、客観的に観ればそれは間違いないが、どうも違うらしいという感じもする。その他、母親、隣人の女性、刑事なども登場する。ただ、彼らは全員、切羽詰まっていて、その愚痴を語るだけで、いっこうに亜佐美の話が出てこない。それに健也が苛立つ。そして、そんなに生きるのが嫌なら「死ねばいいのに」となるのである。

それぞれの主人公は、特に変わった人物ではないが、ほぼすべて自分の都合の中で生きている。そして亜佐美はその中にあって、まるで誰にも相手をされていないようなのだ。この一見、深い関係があるようで実は希薄な関係であるという、現代社会における人間関係の在り方を京極夏彦が切って捨てていくというお話である。

説明が長いのは、ちょっとつかみどころがない小説であることにも由来する。各章の主人公たちは、健也によってラストに本来の自分を取り戻すようにも思えるが、それでは「もう遅い」というメッセージも込められている。「姑獲鳥の夏」などに出てくる登場人物の「憑き物落とし」のシーンを繋げたようにも思える。もっと単純に言うとみな健也の言葉によって「我に返る」のだが、その時、健也も亜佐美ももういないのである。

総じて絶望的な内容ではあるのだが、そう雰囲気が暗いわけでもなく、どちらかというとユーモアがある。当初、健也を見下している主人公たちの立場が逆転してく様は単純に娯楽小説としても面白い。ちなみにすべての章が、演劇にありそうな、ワンシチュエーションの二人の会話劇で、同じパターンを繰り返しながら、徐々に話が煮詰まっていくという趣向になっている。

私はタイトルとは全く正反対の捻くれた人間賛歌として読める小説だとも思えた。要は右往左往しながら生きている主人公たちは、自分のことを世界一不幸だと思っているが、実はそれは不幸とは言わないのではないか、それこそ生きるということそのものではないかというメッセージがあるように思える。それは最後の5章と6章(5人目と6人目)を読んでみると分かる。ゆがんではいるが、その苦しい状況でいいんだよ、それを受け入れてもっと心を開けば楽になるよ、という声が聞こえるようだ。

何とも表現しがたい読後感を残す小説で、万人に薦められるような内容ではないが、私は面白いと思った。ちなみにミステリとしても中々凝っている。生きていくために何らかの仮面を被ることは仕方ないのだが、いつの間にか、自分を失ってしまう。そんなよくいる人々への皮肉交じりの愛情を感じる小説だ。

(きうら)



死ねばいいのに (講談社文庫) [ 京極夏彦 ]

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