★★★★☆

死刑 その哲学的考察(萱野稔人/ちくま新書)

投稿日:2017年11月3日 更新日:

  • 日本の死刑制度のもつ意味とは。
  • 道徳的に、または政治哲学的に考える。
  • 価値観の押しつけや、抽象論に堕しない死刑の考察。
  • おススメ度:★★★★☆
【大雑把な本書の見取り図】

まず、(欧州に非難される)日本の死刑制度が、本当に「(日本の)文化」とよんで済ませることのできるものなのかどうかを述べるところからはじまる。死刑制度を基礎づけるものとして、よく人々(国民)の道徳感情――それは、死刑存置論、廃止論を問わず――がもちだされるが、それは本当に妥当なものなのかどうかについて触れられることになる。その道徳感情という根拠が死刑存廃に対して有効ではない(絶対的なものではない)となったとき、死刑制度の問題点から浮かびあがる新たな課題とは何か。それは、(特に廃止論者にとっては重要だろうが)「冤罪」をめぐる問題である。「冤罪」のもつ意味は、死刑存廃に対して大きな意味をもつだろう。「冤罪」が不可避な問題だとするなら、それを解決するのは難しいだろう。もし死刑制度をなくすのなら、人々の「処罰感情」とうまく折り合いをつけられるような刑罰が考えだされねばならない。そのときには死刑(という刑罰)のもつ意味は変わってくるだろう。

【大雑把な感想】

まず、死刑制度はなんなのかというと、単純に公権力が合法的におこなう殺人であるということだ。ナイーブな考え方だが、これは非常におそろしいことだ。日本人は、憲法改正問題に絡めた自衛隊の位置づけについて敏感だが、それは自衛隊が武力(暴力)の独占をしているため、というのがひとつの理由かもしれない。同じような意味では、直接的に死刑(殺人)を公権力が執行することに関しては、あまり関心がもたれていない(ように見える)。少なくとも、選挙の争点などには絶対にならない。なぜなら、多くの国民が死刑制度を容認しているし、場合によっては死刑を積極的に求めることも多いだろうからだ。

よく欧州からの非難に対して、死刑制度は日本の文化だというエクスキューズがなされる(らしい)が、そうやってなされた文化相対主義の隠れ蓑は、あまり有効ではない。例えばその立場では、死刑制度を存置する他国の、自国民(日本人)への死刑執行に対して、(死刑そのものへの)抗議は何もできないということになる。日本以外の死刑存置国では殺人以外の容疑でも死刑が適応されるが、それへの抗議はできても、文化相対主義を表する限りあまり意味を持たないだろう。ここでの問題は、死刑制度を文化の名のもとに正当化することは「文化相対主義の射程をこえている」ということだ。それに、文化というなら、なぜ死刑の内実が国民に対して開示されないのだろうか。国民は、いつ誰が死刑執行されたか知らされても、その確定死刑囚がどのような扱いを受けているのかなどはよく知らないままだ。また知ろうとする声もあまりないし、死刑が確定した時点で、その事件への関心も薄まる。そのなかで、国民の死刑への声だけが上滑りしている感じがする。

実際に、死刑の有効性とはなんだろうか。例えば死刑には犯罪抑止力があるといわれるし、「被害者家族の応報感情」や、それに便乗した(一応は)無関係な国民の処罰感情もある。しかし、それらに対する反論も本書には出てくる。宅間守のように死刑になりたい人間とか、誰もかなしむ(怒る)人間がいなければ死刑にしなくてもいいのではないかとか、といったもの。抑止効果に関してはよくからない。死刑制度の存在が殺人事件数の減少と直接の関係もないらしい。とすると、国民が死刑制度を消極的にでも望むのは応報感情からしかない。統計的には凶悪犯罪が減っているにもかかわらず、そういった事件が連日報道されるおかげで、(普通の)国民の日常性と(殺人)事件の非日常性との非対称性が強調され、人々の殺人犯への不寛容は増大しているのかもしれない。

死刑の抑止効果を実証的なものとして捉えるより、「命によってしかつぐなえない罪がある」という「道徳的歯止め」として捉える方が有効なようだが、「死ぬつもりなら何をしたっていいだろう」という(犯罪者の)「挑戦にさらされている」ために、ときに無効にされる。そのとき新たな「歯止め」として著者があげるのが(先取りしていうと)「終身刑」である。「道徳の根源へ」の章に関しては、端的に結論をいうと、「死刑の是非を道徳的に確定することはできない」ということである。しかし、道徳が死刑存廃にまったく有効でないわけではない。「応報論という根源的で普遍的な規範原理」をもちだすとき、道徳は、「二つのものごとの価値が釣り合う」という形(=「価値の天秤」)で、存廃論者に道筋をつけてくれる。特に終身刑という刑罰が重要だという。終身刑がときに死刑を上回る残酷さを示すことがあるようだ(イタリア・フランスなど)。日本でも、(死刑にあたるような)凶悪犯罪に対して終身刑が(刑罰として)釣り合うものとなったとき、死刑廃止への道筋がつくかもしれない。しかし、現状では難しいだろうなぁ。

廃止論者にとって有効になるのが、「冤罪」についての問題である。人々(国民)の犯罪への処罰感情に釣り合うものとして、新たな刑罰(終身刑)をもちだすとき、それと同時に「冤罪」の問題もとりあげることができる。というか、著者は「冤罪の問題でしか死刑の是非を判断できない」という。それは道徳的な議論では決着がつかないからだ。先にも書いたが、公権力が合法的に人の命を奪うのが死刑である。「死刑における殺人が合法的なのは、その殺人をおこなう主体と、合法/違法を決定する主体が同じ」だからだ。このことに国民は気付いているのに、無頓着なままでいる。だから死刑を廃止(停止)しよう、とはいわないが、もう少し考えてみてもいいのではなかろか(裁判員という半強制的な制度があるんだから)。「死刑とはあくまでも、公権力の決定(法的決定)に従わない人間に対して発動される暴力(物理的強制力)の一つのあり方にほかならない」ということを銘記して「冤罪」について考えてみるのが大事だろう。

「冤罪」は、別に、死刑に(該当するような凶悪犯罪に)対してだけ起きるわけではない。おそらく、様々な犯罪捜査の過程で「冤罪」はうまれているだろう。で、「冤罪」とは何かということは辞書でも引いてもらえばいいが、そもそも捜査側(検察側)にとっては「冤罪」というものはないだろう。なぜなら捕まった時点で、これは冤罪じゃないのかと分かっているのは、おそらく容疑者本人だけであり、逮捕した側は、もし「冤罪」が確定したとしても、それが「冤罪」であったと認めることは高確率でない。そうした意味で、死刑になるような事件では、認識論的には「冤罪」というものは権力側には、ほとんどないということになり、それは「冤罪」(=無実)ではなく、単に罪に問えるだけの証拠がなかったということなのだろう。もちろん、後に再審により無罪になるケースもあるが、それらは本当に特殊なものであり、そこ(再審無罪)に至るまでの困難さは本書を読んでもらえれば分かる。

では、なぜ「冤罪」が起きるのか。それが起きるのは、よく言われるような捜査側の「ミス」とかいったものではないという。簡単には、それは、公権力側が自らの権力の信憑性をまもるときに必然的に伴うものなのだ。そのことは(本書で簡単に書かれてあるが)実際の取り調べの様子をみればわかるだろう。そこでは「ミス」などで「冤罪」が発生する余地はなさそう。取り調べ側一人一人に問題があるというだけでなく、そもそも「冤罪」は犯罪捜査に構造的につきまとうものであるために、なくすことなどできないようだ。そしてまた、再審の壁は高い。なぜかといえば、「権力の本質は決定し、それを貫徹すること」にあるのだから、容易に判断を覆すことはない。特に死刑に該当する事件に関して、一度下った決定は覆すことは絶無に近い。要は、(死刑に関する事件の)判決は重大であり、かつ間違いが許されないという捜査もあって、それらがあだとなって、「冤罪」がうまれやすくなっているのではなかろか。なぜなら、捜査側はどうあっても犯人を捕まえなければならないし、一度下した判決は容易に覆せないから。

死刑制度を考え直すには、「冤罪」のもっている問題をもっと(国民が)考えなくてはならない。どれだけの人が自分と死刑との関係を考えているのだろうか。このことは(冤罪を含めて)誰にでも起こりうると考えているのか。おそらくほとんどの人は、自分には関係のないことだと思っているのだろう(実際死刑とは関係ないまま人生を終えるだろうし)。しかし、逆にいうと誰にでも起こりうるのだから、(冤罪を含めた)死刑についてもうちょっと考えてみてもいいんじゃなかろか。それと、人々(国民)の処罰感情が、公権力側と隠然たる共犯関係をむすんでいて、それが現行の死刑制度維持につながっているんじゃなかろか。私は別に積極的な死刑廃止論者ではないが、公権力側が国民にしっかり死刑の(問題点などの)現状をアナウンスして、それを国民の多数が把握して納得するなら、それはそれでいいとは思う。それと、著者のいう終身刑の導入も、もちょっと(一般に)議論されてもいいんではなかろか。

(成城比丘太郎)



死刑 その哲学的考察 (ちくま新書) [ 萱野 稔人 ]

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