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★★☆☆☆

水に似た感情 (中島らも/集英社文庫)

投稿日:2019年12月23日 更新日:

  • ほぼ実話のTV制作ドキュメント
  • 驚くほどの下品さと繊細さが混在
  • ちなみに躁病の時に半分書いたらしい
  • おススメ度:★★☆☆☆

まず「中嶋らも」という作家の情報をどの程度知っているかで、この本の面白さが変わる。私はこの小説に出てくる出来事の前後を別の著書で知っている。著者はもともとずば抜けて賢い(歯科医の息子で進学校に一桁入学)。この本でも自分のIQが150近くあったと嘯いている。薬物中毒、とりわけアルコール依存症だった。それがきっかけで落命している。とにかく、でたらめな生き方をして、それが許されるだけの才能と、その才能ゆえに普通に生きられない苦悩を持っていた。薬物摂取をメディアで公言してそのまま本当に捕まるなど、今の世の中では考えられない。要するに「紙一重」の人である。

本書はそんな著者(作中では主人公モンク)がTVの旅行企画の出演者として、バリ島取材に行った体験をほぼそのまま書いている。著者とミュージシャンがバリ島をレポートするという1時間番組だが、全く事前準備がない状態でスタートして、怒り狂う。しかし、同時に神秘体験を経て、何かに目覚める。もちろん、クスリもやるし、ウィスキーを常に飲んでいる。この破滅的な状況から、番組を成立させるモンクの活躍が主な娯楽要素である。しかし、本当に躁状態で書かれたと思う。凡人の作文とは比べることは出来ない筆力はあるが、他の傑作と比べれば文章も構成もめちゃめちゃだ。一人称と三人称が混在していたり。

特に滑った時のギャグがひどい。ハイスピードで下ネタを連発する。躁鬱病(いまの双極性乖離障害)と自称しているが鬱部分はほとんどない。そんなシーンに辟易していると、急にTVマンとして覚醒して、マシンガンのように指示を出して、ダメなクルーをまとめあげる。同時に自分の存在について恐ろしく気弱な分析もする。曰く表現し難い独自の世界は堪能できるだろう。

私は映像制作に携わっている友人がいるので、本書のメインテーマには終始興味を持つことができた。だいたい友達から聞いていた通りだ。外から見るのはいいが、TV番組の制作なんて、本当に好きでないとできないな、と感じた。

この間、私は弱気な読書を続けていて、新しさより居心地の良さを求めている。中島らもは、前述の通り、アルコール依存症で躁状態と鬱状態を行ったり来たりする。おまけに不眠症。その割に責任感が強くて、無駄に行動力があって損ばかりする。ずっとスケールは小さいが、私もほとんど同じ状態なので、奇妙なシンパシーを感じながら本書を読んでいた。要するにダメ人間同士、同病相哀れむという感覚だ。

ダメ人間にも色々あるが、この種の人間は、弱気で傲慢な自我を無理やり捻じ曲げて、社会に適合してしまう。Macの上でWindowsを走らせるBoot Campみたいなもので、余計な負荷を負っている。もともと不適合な訳でもなく、かと言って真っ直ぐに生きている訳でもない。強い思いはあっても、信念というものが薄い。なので年を経ると矛盾が拡大して自己崩壊していく。読者の中に、そんな要素があれば、理論的なモンクが神秘体験に呆気なく屈する様子にも共感できるだろう。

色々書いたが、暴走する人間というのは、実は結構怖い。ウィスキー瓶片手に本書を書いたであろう著者はまさに狂人である。しかし、誰にでもそんな要素はあるのではないだろうか? 積極的に勧めはしないが、まあ変わった小説だ。

個人的にアルコールが、ダウナー系のドラッグではなく、アッパー系だということに初めて気付かされた。私は眠るために酒を飲んでいたつもりだったが、知らずにハイを求めていたのか。酒で睡眠薬を流し込む私の命もそう長くないだろう。ちなみに中島らもは享年52歳。そんなものだろう。むしろよく生きた。

(きうら)


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