★★★★☆

水域(椎名誠/講談社)

投稿日:2017年5月25日 更新日:

  • 怪しくも美しい水のディストピア
  • 椎名誠史上、最高の抒情性
  • 美しいラスト、SFファン必読
  • おススメ度:★★★★✩

この小説を読もうと思った方、それは正解だ。ハルキストがいるとすれば、私はシーナリスト。そのひいき目を差っ引いてもこの小説は面白い。かつ怖い。椎名誠はウォーターワールドを盛んに意識しているが、あんな能天気な映画とは比べ物にならないくらい、細やかな感情の起伏に満ちている。ただ、水に覆われた世界をさまようだけの物語に、これほどまでのドラマを設置できるとは。椎名誠、初期SF三部作の二作目。読みやすさ、面白さ、切なさにおいては、おそらくこの三部作では最強の一冊。

(あらまし)どことは知れぬ水に覆われた世界。その世界と、一隻の小舟――ディンギィで漂う男ハル。謎の生物、悪意ある人物、そして美しい娘との出会い。水で漂うというだけの設定を果てしなく豊かに、そしてリアリティ豊かに描く傑作SF。椎名誠史上最も美しいラストを迎える、渾身の一作。椎名誠はその経験を活かし、あくまでも読者に寄り添いながら、異世界に誘う。素人お断りのSF界において、唯一無二の存在と言っても過言でない。

出だしから感じるのは、その肌感覚のある水上生活の描写。小舟で大海をさまよった日本人は少ないと思うが、数ページ読めば、間違いなくその経験ができる。著者が実際に体験した「水の感覚」が存分に振るわれている。ただ読むだけで、異常に湿度の高い世界の冒険者として、主人公ハルと一緒に忿怒奔流を漂える。

忿怒奔流? それが第二の魅力。椎名誠は、まったく意味を説明しないにもかかわらず、豊かなイメージを読者に抱かせる高度な技術を持っている。サキシマドクタラシ、シルスイ、クチマガリ……その文字そのものがSFであるというのは稀有なイマジネーション力だ。実は椎名誠の最新SFの「ケレスの龍(Ama)」も読んではいるが、この小説のような神がかった展開はない。若く、才気に溢れた椎名誠の渾身の一作。SF三部作はどれも面白いが、物語として完成度が高いのはおそらく本作だ。

恐怖小説としても十分機能する。「死人船」や前述のサキシマドクタラシ、そして、ズーとの出会いとその顛末。椎名誠は容赦なく物語る。腰の引けた描写はしない。「このキャラクターは人気が出るから殺さないでおこう」などとさもしい思いで小説を書いていない。ただただ、水に覆われた世界を描くことだけにすべての力がそそがれている。これが面白くないなら、面白い話など紹介できそうもない。

ホラーを主眼としているサイトなので、SFというだけで★を一つ差っ引いたが、個人的には満点。何度読んでも新しい発見があるし、読むたびに切なく思う。再読性が高いのは、登場するキャラクターとの距離感が絶妙だからなのだろう。通俗的なドラマはや漫画など何するものぞ。この小説がこれほどマイナーなのは驚くばかりだ。

特にグロウとズー、ラストシーンはあまりに美しい。あなたに少しSFの世界に旅する気持ちが有れば、この小説は最適なpilotageとなろう。

(きうら)


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