★★★☆☆

火花(又吉直樹/文春文庫)~ベストセラーを読む(2)、あらすじと感想、軽いネタばれ

投稿日:2017年8月1日 更新日:

  • ある芸人と師匠の実質二人劇で進行
  • 非常に読みやすい文章とハッとするフレーズ
  • このエンディングの先が読みたい
  • おススメ度:★★★☆☆

(あらすじ)売れない駆け出しの芸人の徳永は、熱海で行われた花火大会で、同じく舞台に立っていた先輩芸人である神谷と出会い弟子にして欲しいと申し出る。神谷は自分の伝記を書くことを徳永に要請する。神谷は自分の笑いの理想に殉じるタイプの芸人で、芯の定まらない徳永は神谷のスタイルに憧れ関係を深めていく。ストーリーの8割以上がこの二人の会話や様子を描かれる事に割かれる。相方や神谷の恋愛などのシーンも入るが、あくまでもおまけ程度。二人のお笑いに対する求道的な対話は、ヒリヒリするような緊張感がある。例えば、神谷の言葉として次のように語られる。

「つまりな、欲望に対してまっすぐに全力で生きなあかんねん。漫才師とはこうあるべきやと語る者は永遠に漫才師にはなられへん。(中略)本当の漫才師というのは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん」

ところが、この神谷は芸風が極端すぎて、主人公の徳永以上に売れない芸人である。例えは古いが「ごっつええ感じ」の後期の松本人志のようで、周りが引く芸風なのである。彼は漫才師というものに高い理想像があり、それを裏切らないのだが、それが原因で現実の自分と乖離し、次第に破滅的な運命に陥っていく。一方、徳永は紆余曲折はありながら、そこそこ売れるようになっていく。中盤からは二人の齟齬も描かれ、そのシーンの緊張感はなかなかだ。少し調べてみると、実質的には芸人又吉の自伝であり、私小説といっても過言はないようだ。神谷にもモデルがあるらしい。小説的自叙伝と言えるだろうか。

「火花」は少し文学の香りがする、エンターテイメント小説だと思う。芥川賞を受賞したので、むろん文学にカテゴライズされるが、その読みやすさといい、オチの明快さといい、いい意味でも悪い意味でもエンターテイメント要素が濃い。

良い点は、とにかく読み滞ることがほとんどなく、冒頭からラストまで、程よい緊張感の中、お話が進んでいくことだ。ラストのオチも実にエンタメ的。読後感もスッキリしていて、絶妙な文学とのブレンド具合が、売れた原因ではないかと思う。

悪い意味でもエンタメ的である。文学に「これ」という定義はないが、私の考える文学というのは、こんなに綺麗に終わってはいけないと思わないでもない。エンターテイメントでは描けない、人間の奥底を抉り出すような描写が文学ではないのか。エンタメ的であることを捨ててでも、誰も書けない真理を描いて見せてほしい。その点でこの小説は弱い。

具体的には、この小説のラストから、本当の文学的真理がスタートするのではないか。淡い希望とかはいらない。極限の状態で二人はどうなったのか。そこが知りたい。何となく味わいが薄いのは、そういった不満があるからだ。もっとも、無理に難癖をつけるつもりはないのだが、芥川賞歴代一位、約280万部という売り上げがある以上、一応分析してみたい。ここからが「ベストセラーを読む」コーナーになるだろうか。

私は著者の漫才を一切見たことがないので、芸人としての実力は知らない。ただ、売れた理由はこの「芸人」であることが、必須要素だと思う。この時代のベストセラーは、本だけで創出するのはほぼ不可能だ。これだけ多彩なメディアが溢れている現在、文学に違う角度から付加価値をつけないと売れない。「現役芸人」というフレーズは、まさに格好の付加価値だった。ありそうでなかった「本格文学」x「芸人」という水と油のような組み合わせ。これを高いレベルでクリアしたのだから、一つのジャンルとして成立したのだろう。芸人でメガヒットと言えば、劇団ひとりの「陰日向に咲く」や島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」も思い出すが、とにかく、小説と芸人は相性がいいようだ。

著者の芸人としての存在を知らない私のような人間にとっては、物足りなさもあるものの、総じて読みやすく楽しい一冊だ。ただ、好むと好まざるにかかわらず、その売り上げが純粋に作品の評価だけで達成した結果でないのも明白だろう。ただ、本が売れるのはいいことだ。むしろ、プロの作家はもっと付加価値を付けることも考えていいのかも知れない。

(きうら)



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