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生まれてきたことが苦しいあなたに(大谷崇/星海社新書)

投稿日:2020年1月10日 更新日:

  • 「最強のペシミスト・シオランの思想」という副題
  • 「気鋭のシオラン研究者」がえがくシオラン像
  • 元気が出るサプリではない(読む人次第)
  • オモシロ度:★★★★★

【本書について】

まず、本書のタイトルはどうかと思った。私は、タイトル(と副題)だけ見た時には、これはアカンやつが出版されたのかと思い手にとった。てっきり、流行りの「元気が出る」系の本に類する、シオランの言葉をそういうものとして紹介する本かと思った。だが著者の経歴をみるかぎりそうではなかった。なんせ著者は、シオランにかぶれた(?)あまり、ルーマニアに留学までしているのだから。これは単なるシオラン入門書ではなかった。いうならば、本書は、シオランの生涯と言葉を紹介しつつ、著者自身のシオラン読解(批判的解釈)を含んだ、けっこうきちんとした本だった。

個人的には、本書を読む前に1冊でもいいからシオランの本を読んだ方がいかとは思う。なぜなら、本書に書かれているのは、シオランその人ではなくて、あくまで著者の目を通したシオランであるからなのです。本書で書かれる主な章題は以下のもの。

「怠惰と疲労」
「自殺」
「憎悪と衰弱」
「文明と衰退」
「人生のむなしさ」
「病気と敗北」

といったもの。主にこれらをテーマにシオランに迫っていくのだけども、先に書いたようにシオランの本(『生誕の災厄』あたり)を読んで、どんなことを書いた人なのかを実際に肌で感じたほうがいいと思う。購入してもいいし、図書館で借りてきてもいいと思う。そうしてシオランに興味を持てば、本書を読んでみたらいかがかと思うだけです。というわけなので、私はとくに本書をスゲーお薦めするわけではありません。というか、シオランに興味がなければ読まなくてもいいと思う。かえって逆効果になる可能性がある。なぜなら、本書だけでは、シオラン像をうまく捉えられないかもしれないから。このことは著者自身も自覚しているはず。

複雑な心理構造を持つ人間である一人の人間。彼は、ペシミストとして人生や世界に呪詛を吐き続けながらも社会的にはある程度認められもし、失敗や病の苦しさに縛られ続け自殺を思いながら、その反面自らの書くものと矛盾する言動をとった、なんとも中途半端な存在でもあった(それがペシミストのペシミストたるゆえん)。そうした人物を書くことが、同じくペシミスティックな(と思われる)本書著者にあっては、シオラン同様、書くことにおいては、かなり自家撞着をもたらしかねない、ということに自覚的であらねばならない。なぜなら、本当のペシミストであるならば、シオランを研究することの無意味さを知悉しているはずだから。「人生のむなしさ」や「怠惰」であろうとする者は、こんなもん書くはずはないから。そして、そのことは、今こうしてブログ記事を書いている私にもあてはまる。

さて、シオランを読む者には大別してふたつある気がする。

《シオランを読まざるを得ない者と、そうでない者》

もちろん、誰でもシオランを読むことができる。前者の、「読まざるを得ない者」とは、彼と同じレーンを走っていることに気付いた人間である。まさしく私がそう。私自身が20代前半の時にまったく似たようなことを書いていて、その後シオランを読んだ時に、「ああっ、やはり同じことを書いていた人がいたな」くらいの感想だった。そういう人間にとっては、同じレーンの前を走る彼の後ろ姿を見続けながら彼に付いていくしかない。読みたいわけでも読まなければならないわけでもなくて、人生と彼を読むこととが癒着しているだけ。その様は、まるで病気に苦しむ者が、病気そのものにとって変わられて、生きることが病気そのものになってしまうように。その「苦しむ」こと以外に生きることがなくなってしまうように。ちなみにその私が書いたものをネット上で読んだ、それほど多くない友人の一部は私を心配し、ある人からは見当違いの不当な叱責を受け、たったひとりからは同意を得た。そうなのです。シオランを読むことは誰にでもできるが、本当の意味で彼のように考えることは誰にも出来ない。それは私も同じです。読んでいて時に、同意できない部分もあるゆえに。

【シオランについて】

正直に言うと、シオランを読んでみて、それから本書を読めばいいと思うだけです。なので、ここからは個人的な感想ばかり書きます。

シオランは、本書を読む限りでは、成功した人物だと思われる。一流出版社からいくつも本を出しているし、世界中でそれなりの読者を得ている。だが、そのほとんどは売上的には芳しくなかったようだ。それでも、中途半端な成功とはいえ、十分なものといえる。ところで、本書著者は、この新書自体が「それなりに」売れることを(屈折的に)願っているようだ。私からしたら、本書は自宅周辺の書店に置いてあったので、そこそこ売れるのではないかと思う(実売数も結構いくのではないかと思う)。このタイトルからして、啓発本と思って手に取る人も多いと思う。この新書レーベルの発売元である講談社は一流出版社であるし、もうすでに近所の書店のどこにも置いていない講談社文芸文庫と比べるとマシである(まあ、文芸文庫から本が出るのも一種の成功といえるが)。

さて、シオランの晩年は、アルツハイマー病であったという。最期はおそらく衰弱死ではないかと思う。その有様は、私の祖父と同じであろう。祖父はシオランより少し長生きしたが、それでも最晩年は病状がかなり進行して、シオランのように全く誰とも話さなくなった。それはまさしくロウ人形のようだった。ほとんど何の反応を返すこともなく、ただ、ものを食って出すだけの存在。その光景を見た時に、「生きているけれども、もう死んでいるほうに向いている」と思った。「怠惰」の極致を極めて何もしなくなったペシミストが、何もしなくなって、ただ滅亡を待つかのように。この「衰弱」を極めた姿が、もしシオランが望んだ「解脱」に近いのだとしたら、彼は最期にその境地に達したのかもしれない。私の祖父(と曾祖母)は、衰弱死だったのだけども、もし「衰弱」が「解脱」だとしたならば、そこへ達するまで、私は下手したらあと50年も生き続けなければならない(!)のです。病に苦しみながら、人生と世界に呪詛を吐きかけながら。

そうして「憎悪」をまき散らすどうしようもなくなった人間にとって、「自殺」は「生きるための最後の砦」になる。「自殺」の観念は(生きるための)ひとつの「解放」だとしても、個人的にはそれが何なのだろうとは思う。もし、なんらかの精神疾患を疑われてしまって、それに対する治療を受け、「自殺」の観念がなくなってしまったらどうするのだろう。私は十代の頃うつ病を疑われて抗鬱剤を飲んだけども全くきかずにかえって体の調子が悪くなったので、飲むのを止めて今に至る(別の薬は服用しているけど)。たとえばそうした観念は、たんなる脳の問題だよと唯物論者に言われたとしたらどうなのだろう。シオランのことはわからないが、私の場合、脳の検査も受けてそれほどの重症ではないけれども、おそらく病気が治ったとしても「人生のむなしさ」がやむことはないだろう(違法薬物でも使わない限り)。そういう意味では、私は、ペシミスト的であると自覚した小学生の頃からすでにペシミストであったように思う。

シオランは病ゆえに身体に気をつけたからこそ長生きし、そうして生き続けたからこそ「病気」に苦しめられて、「自殺」を考えることの効用をもまた考え、そのために自殺せずに生き続けられた(未遂じみたことはあったようだけれども)。病気がどれくらい彼の思想に影響を与えたのかは分らないが、おそらく相当のものなのではないかと思う。当たり前だけど、病気にならない人はいない。現代の日本だと、医師免許をもっている人間が診断してから人は病気になるのだけども、それでも生まれてからこのかた心身の不調に見舞われなかった人はほぼいないと思われる。だが、個人的な経験から言うと、たまに罹患する病気と、一生それと付き合っていかなければならない病気とは、明らかに質が違う。自身の病気について本書の著者も書いているけど、病気とは健康の欠如であって、本物の病人とは病気そのものにその本人がとって変わられた者でもあるので、そこからは必ずといっていいほど無神経な健康人間への「憎悪」が生まれる。それはもうすさまじいものである。私が生き続けているのも、実は、そうした健康人間が老いて体の不自由さを自覚した時に、そいつらに向かって「ざまあみろ」と言いたいがためなのです。そんなことには何の意味もないしむなしいだけだという人もいるが、そもそも人生には何の意味もないと実感する人間にとって、意味のないことというのは歓迎すべきであるし、むなしいといえば人生こそがむなしすぎるので何を考えようと考えないでいようともどちらにせよむなしいだけ。ところがこう嘯く病人が、何もせず無為に「怠惰」でいることを徹底しようという時には、必ずといっていいほど健康人間の手が必要になる(だから独りでは生きられないのだろう)。この矛盾はシオランも知っていたのかもしれない。だからこそ彼は、「パラサイト」の人生を送るために、日々よく笑い他者と話したのだろう。かく言う私も結構よく笑い、気分や体調がよければよくしゃべる。まったくもって、シオランと私との違いは、ペシミストの点でいうと、ほんのわずかしかない。

「人生のむなしさ」を知った「敗北」の人間にとって、生は厭うものか呪うものかそれとも無為になるべく自らをなさしめようとするのか。シオランと、彼に同意する者にとっては、生きるためにすることは気散じにもならない(と思う)。何をやってもいずれ死んでしまうわけだから(でもその「死」こそが解放にもなる)。とはいえペシミストが、その厭うべき呪うべき「生」の「惨状」に魅了されるのも事実。それはよく実感されるところだろう。「病気」が重くなり、「敗北」の極みにのたうちまわり何もできなくなった人間にとって、「生」に満ち溢れた人間とはやっかいなものだが、そのことによって逆説的にその「病気」の苦境そのものが、自らの意義を照らし出すという顛倒。真正(真性)のペシミストとはもっともよく生きている人間なのかもしれない。なぜなら、人間とは「滅ぶべき」ものだからと観念されるから。「滅ぶべき」人間のトップランナーになっているペシミスト。こういう顛倒した倫理が、たしかにペシミストにはある。彼らは何もなさずに人間の滅亡に手を貸す。しかし、こうした「無生産性」が勝利すると思ってはいけないのだろう。なぜなら、そうした無為も結局は未だ無為になりきれていない「中途半端」なものだから。

はたして、ペシミストたちが、「生きている」という実感を持つことはあるのだろうか。本書の著者がペシミストかどうか分からないけど、こうしてシオランを含むルーマニア思想の研究をしていることそのことが、すでに「生きざるをえない」ものにしている。著者の真意は知らないけど。かくいう私は、体調がかなり悪くなると身動きもとれなくなるほどになるので何も為さなくなるが、同時にかなり暇なので、そういう時には本を読むか映像作品を観るしかない。そういう時に選ばれるのはアニメーションである。実写ものを観ると、生きている実在の人間が映るテレビモニターを叩き壊してしまいたくなるときがあるから(身体はそうそう動かせないのでできないけど)。アニメのキャラクターは逆に生きていない(実在していない)ので、私にとっては「生まれてくることがなかった」そのキャラクターたちを何の感慨もなく眺めることができる(時に感動することはあるけど)。だから、アニメーションの原義とは全く違う楽しみ方をしているのです。ファンの人たちが、アニメキャラ(やヴァーチャルもの)を生きているものとして扱う時、私としてはそのことが羨ましくなることがある。

「反出生主義」がどれくらいの有効性を持つのか分からない。真のペシミストなら、己のことにしか興味がない(はずな)ので、もし世界に二度と登場することがないのだとしたならば、この世界が自らの死後にどれだけ続こうと、しばらくして滅ぼうとも、どちらにも関与できないのだから、どちらでもいいのではないだろうか。「反出生主義」のことはよく知らないけども、そうした主義を持つこと自体、ペシミスト失格であるように思える。たとえ生まれてくることが悪だとしても、問題なのは自らのこの須臾の生そのものなのだから、他者という新たな生をどうするかということにかかずらうことこそ、無為であり続けるためにはどうでもいいことなのではないだろうか。それと、個人的には「主義」というのはあまり好きではない。だが、人類を長らえさせようとする意思に反するというその心情には同情的ではある。

【まとめ】

シオランの簡単な生涯と思想を知るには丁度良い本が、ようやく日本で出版されたということになるのかなぁ。これを機に、自身の著書の「文庫化」を希望したとされるシオランの意をくんで、日本で文庫化(ちくま学芸文庫・講談社学術文庫・岩波現代文庫・平凡社ライブラリーなど)してくれないかなぁ。どうでもいいけど。

(成城比丘太郎)


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