★★★☆☆

空吹く風・暗黒天使と小悪魔・愛と憎しみの傷に(田中英光/講談社文芸文庫) ~作品解説と感想

投稿日:2017年8月16日 更新日:

  • 「田中英光デカダン作品集」という副題。
  • すさまじい生活の有り様。
  • まさに、無頼派中の無頼派。
  • おススメ度:★★★☆☆

田中英光は、太宰治に師事したことでよく知られています。私は太宰関連をよく読んでいた時期に、『オリンポスの果実』を読んだだけでした。無頼派とか、無茶苦茶な生活をして、最期は太宰の墓前で自死して果てたことは知っていましたが、今回本書を読んで、特に後半の作品は、そうならざるを得ないなというのがよく分かりました。

編者解説によると、「そもそもデカダンスとは、生きることの不確かさに対する不安と憂鬱のうちに胚胎し、(他者の)思考の遮断に発して、反社会的、反倫理的、反進歩的、反生産的な構えをはぐくんでゆく虚無的な傾向を指して謂う」としつつも、彼の背後には理想的な生への希求もあるとしています。この作品集には、初期の段階からその傾向の胚胎が見られるようです。では、一作ずつちょっとした紹介をしたいと思います。

「急行列車」……自殺願望のある二人の男が、急行列車内でかわす観念的な会話。破滅的な感じの若者二人のやり取りが、時にレールを外れそうで、読んでいてハラハラする。そのやり取りは、急行列車のようにとめどない。

「空吹く風」……「酒に酔っているようであるのに、神経は妙に鋭く、まるで白日夢にでもうなされているような気持」の亨吉。「女郎買いだけが唯一の目的」である彼の日々の鬱屈と、自意識の肥大が描かれる。

「曙町」……第二次大戦中の横浜にある私娼窟での話。街には「ただ金と性慾とがあるだけ」。「坂本亨吉」と「由紀子」とのやり取りが良い。街の人々のどうしようもない生活と、すこし滑稽なスケッチを冷静な目で描く。

「流されるもの」……著者の共産党運動に関わっていた時代を回顧的に綴ったもの。主人公の状況に流されるままの姿。少し作り話めいたものを感じる。

「暗黒天使と小悪魔」……作家の「坂本亨吉」が手持ちの金を「街の天使」たちとの遊びに費消する話。この作品では、当時(終戦直後)の物価や生活風俗の様が垣間見られて、少し興味深いです。ある店での「逆口安伍」との出会いはちょっと笑いました。他にも実在の作家と思われる名前がいくつか出てきます。後半は「上海リル」との再会と、彼女との一夜の遊び。彼女への愛惜あふれるまなざしが文章に感じられて良かったです。「リル」と「百合子」との二人の天使の美しいやり取り。センチメンタルな一品です。

「野狐」……「私」と「桂子」との情交が語られる。ここから三篇は、作家の「重道」と「桂子」との、すさまじい生活の様が、私小説風に描かれる。思い悩み、考えがまとまらない様子が文章にうかがえます。未来の視点から、その時は「桂子」の嘘に気付いたと書いたり、一方で彼女の言うことに何の疑念も持たなかったと書いたりと、ちょっと混乱しているようにも読めます。

「愛と憎しみの傷に」・「聖ヤクザ」……この二編は、作家の「重道」が、家族を置き去りにし、「桂子」とのすさんだ(肉体を繫がりにした)生活に陥り、やがて、身も心もボロボロになった彼が、桂子との別れを決意していく話ですが、最後に向かうにつれ、彼は破滅へと向かっていきます。彼は、日頃からアドルムなどの催眠剤を大量に服用していますが、彼(=田中英光)には、それが催眠剤としてよりも興奮剤として作用していたようです。酒を飲むときにもそれを服用し、ますます用量が増えていくに従って、彼の態度は粗暴になっていきます。その後薬物中毒で入った精神病院を退院した後も、結局アドルムの服用は止まずに、自らの周辺人物との確執(懸隔)なども深まり、暴力とその後の反省を繰り返しつつ、最後の破滅へと向かう様は、読んでいてかなしかったです。

(成城比丘太郎)



(楽天ブックス)

-★★★☆☆
-, ,

執筆者:

関連記事

日本代表を、生きる。(増島みどり/文藝春秋)

1998年フランスワールドカップに関わった人たちのインタビュー 現在日本のサッカー(選手)への提言 Jリーグなどについても おススメ度:★★★☆☆ 【はじめに】 先日襲来した台風21号は、25年ぶりの …

クマにあったらどうするか: アイヌ民族最後の狩人 姉崎等(姉崎等(語り)/片山龍峯(文))

熊ハンターへのインタビュー 日本における熊の生活・生態が良くわかる 重複が目立つところも オススメ度:★★★☆☆ アイヌ民族最後という凄腕熊ハンターと対談形式で語られる「熊」の実態。手に取った動機は単 …

「怪奇実話集」を読んだ~読書メモ(63)

  読書メモ(063) 日本と世界の怪奇実話集 なんか、なつかしさを感じる オススメ度:★★★☆☆ 【怪奇実話集とは】 最近、2冊の「怪奇実話」に関するアンソロジーを読んだ。ひとつ目は、かの平井呈一が …

尾生の信(芥川龍之介/青空文庫) ~感想とネタバレ、着想を得た「創作小説」

中国故事からとった、美しくかなしい掌編。 何かを待つということは、つらい。 青空文庫の中でも、とても簡単に読める作品。 おススメ度:★★★☆☆ タイトルの「尾生の信」とは、「ばか正直に約束を守るだけで …

ニーチェと世界と、いろんな謎 ~ニーチェ入門(清水真木/ちくま学芸文庫)/なぜ世界は存在しないのか(マルクス・ガブリエル、清水一浩〔訳〕/講談社選書メチエ)

他人の〔ニーチェ〕解釈を、自らの論文で批判しかしてこなかったという著者による初の入門書。 ニーチェという人物への入口として分かりやすい。 二人の〔かなり長い〕会話が繰り広げる、ある存在の謎。 おススメ …

アーカイブ