★★★★☆

紫の雲(M・P・シール、南條竹則[訳]/ナイトランド叢書)

投稿日:2019年1月23日 更新日:

  • 「SF作家」シールの代表作
  • 死をもたらす紫の雲
  • 冒険ものにはじまり、やがて破滅系SFになり、最後は神話へ
  • おススメ度:★★★★☆

【はじめに】

M・P・シールの『紫の雲』(1901)は、ホラーチックな幻想小説でありながら、世界の破滅を描くというSFでもある(厳密にはSFなのかどうか分からない)。さらに神話のような構造も持っている。というか、分類せずに楽しみたい一品。死を運ぶ雲というのは、破滅ものの設定としては単純なものかもしれないが、この作品がもっている奇妙なスケールのでかさは、訳者が言うようにまさに「怪作」であると思う。あまり最近のSFは読んでないけれど、ハチャメチャな(都合のよい)この作品には、近年のまとまりのよい作品群にはない<ぶっとび>が感じられる。物語の序盤は北極を舞台に繰り広げられるので、個人的にはこの季節に読むには最適だった。あと、破滅世界なのもよかった。

【序盤について】

この物語の主人公はアダム・ジェフソンという男だが、彼が語り手かというとそうとはいえない。実は、ここで語られる記録というのは、ウィルソン嬢という人物がトランス状態に陥って語りはじめる、そのアダムの身に起こった夢のようなことをノートに記録したものなのである。つまり、アダムは語られ手としての語り手なのである(そんな用語はないと思うが)。このウィルソン嬢というのは、「生身の女ではなく幽霊がいるような気がした」とノートの記録者に思わせて、また彼女は35歳にして髪は真っ白なのである。彼女のことが書かれるのは数ページなのであるが、アダムのことを語る(彼女の)状況の異様さが示されることによって、アダムの体験の異様さも際立つように思われる。こうした構成によってこの物語自体の虚構性が最初に暴かれるのだが、またそれと同時に夢の中のような幻想世界へと読者をすんなりと導いてくれるような気もする。

さてそのアダムは、なんやかんやの策動に見舞われて、半ば自主的に(?)極地探検へと医者として向かうことになる。この辺りの導入は、彼の婚約者が関わってきて、後の「黒」い展開に少しの影響を及ぼしているような気もしないでもない。彼は17名の乗組員とともに、北極点到達の暁には栄誉を得られるという希望を胸に、「国務」としてイギリスを出発する。しかし同時に、その極北にあるという秘密を知れば、人類に災禍が及ぶものでもあったのだ。「薄暗く、厳烈な天候の土地で、暗闇と混乱の霊がいる」ような北極での探検は、非常にリアリティがあって良い(とくに後半と比べると)。

ずっと続く北極での陰鬱なイメージは、破滅後の世界(の趨勢)を示しているようでもあり、個人的には終末感を感じて好き。そんな北極でアダムは単独で極地に到達するわけだが、それから彼を待ちうけていたのは、紫の雲による世界の(生物の)破滅だった。極地から再出発した彼が出会うのは、多くの動物の死骸である。彼はそれらを食らいながら帰還への歩みを進める。桃のような芳香と、世界を覆う大災害の予兆に包まれながら彼が目にするのは、「死」が蔓延する世界だった。「万象が断崖の漆黒の影と、静かな海に浮かぶ氷のように静まり返っていた」のである。

北極まで乗船してきた船内には、船員たちの死骸が待っていたのである。彼は死者たちが何らかの理由でこうなってしまったのかを、うすうす感じながら独りで(!)操船して、あちこち漂流することになる。その海上で出会うのは、死者を満載した船たちである。船上でその死者たちがどういった状況で「死」に見舞われたのかを表すかのような、そんな「死」のオブジェを満載した展示場と化したかのような船たち。

それから彼は、陸上(ノルウェー)へと向かうわけだが、そこで待っていたのも死を満載した船。どうやらその死者たちは、船に乗って死を運ぶ塵から逃れようとしたようなのだ。彼がそこから感じたのは、地上にも「死の特質そのものを暗示する匂い」が蔓延していたのである。つまりは、地上にも「死」は訪れて、死者たちの腐敗臭が蔓延していたということ。とにかく幽霊船ならぬ、死骸船である。ここまで全300ページ中まだ100ページにも至っていない。実に濃厚な作品である。

【中盤~イギリスに帰還してから】

本作品を半分も読まないでもうお腹一杯な感じで、この記事を書くのも疲れてきそうだが、もう少し続けます。イギリスに着いてから、彼が知ったのは、地上の人間が「死」を運ぶ雲のことを知り、いかにしてそれから逃れようとしたかということ。そして、それがかなわず、あらゆる場所で「死」にかたどられてしまったのかということである。様々な形で「死」を迎えた人びとの、まるで絵画のような<死にざま>に彼は出会うのである(マッケンも被害者になっている)。イギリスじゅう生存者を探しまわる彼の前には、死者たちの沈黙、すなわち世界の破滅しか現れない。

ここで驚きなのが、イギリスを移動するのに、彼は汽車を用いるのである。もちろん運転するものは彼の他には誰もいない。たった一人で船のみならず、汽車までも操作するのである。なんてスーパーな男なのだろう。それのみならず「電気自動車」という単語も出てくるし、彼はいろんなことを単独で行うのである(宮殿づくりなど)。そうして生存者がいないと判明した後、彼はロンドンに爆薬を仕掛け、その地を炎にのませるのである。それから、彼は世界中に赴き、「二百の都市と田園を焼いた」のである。その中には、長崎もある。まさに、破滅した世界での、世界終末旅行である。イギリスに戻ってからのことが、やけに簡略に記されるのは、彼自身の「17年間の歴史」としてのものだったことがあるのだろうと思われる(この辺りは、一読しただけではよく分からない部分もある)。そして、彼の行う破壊と再生(創造)には、神話的なものを感じる。

【後半について~ある女との出会い】

さて後半は、ある女(少女)との出会いとそれからのことが語られる。これについては詳しくは書かないほうが、読んだときに面白いかもしれない。後半で語られるのは、まさしく創世記の焼き直しな感じである。この女はまさしくアダムに対するイヴなのだろう。それと、アダム自身が「黒」の力に導かれているとするなら、この女(レダ)は、「白」を表すのかもしれない。彼女は、ある場所で破滅後に生まれた存在なわけで、まさしく無垢としての「白」を表している。彼女には、何の観念もない白紙の存在、つまりタブラ・ラサとして生まれてきたことが、彼女へのアダムの関与からもうかがえるような気がする。それとレダという名にも、「白」のイメージがつきまとう。

【余談】

本作を読み終わってから、ふと思ったのが、本作と『フランケンシュタイン』との類似である。まず『フランケンシュタイン』でも語り手(手紙の書き手)が向かったのは北極探検であった。そして創造された怪物は、紫の雲のように、フランケンシュタインの周辺にいる人物を破滅に導くのである。『紫の雲』では、極地到達が破滅のスイッチになったように。また、『紫の雲』後半におけるレダという白紙の女と同様に、フランケンシュタインがつくった怪物も何の観念ももたない白紙の存在として生まれてきたのだろう。ちょっと、『フランケンシュタイン』と読み比べてみたくなった(が、何もないような気もする)。

【まとめ】

本作は、先にも書いたように全体で300ページほどなのだが、かなり密度が濃かったので、年末年始にかけてゆっくりと読んだ。そのためか、質的には倍の600ページもあるかのような読後感をおぼえた。出版されたのは去年末だが、今年読んだなかでは一番のSF風ホラー幻想小説かもしれない。気が早すぎるが。

(成城比丘太郎)


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