★★★★☆

羆嵐(吉村昭/新潮文庫)

投稿日:2017年12月5日 更新日:

  • 近代日本史上最大の獣害を題材にとった小説(ノンフィクションではありません)。
  • 北海道の厳しい自然にひそむ恐怖。
  • 無残に殺され、かつ食われる人間たち。
  • おススメ度:★★★★☆

日本列島に棲息する〔野生の〕陸上生物のうちで、生きた人間を襲い捕食するのはおそらく北海道に住む羆(ヒグマ)のみでしょう。近年では、東北地方にいるツキノワグマが山菜取りに山へ入った人間を襲い、しかもその肉を食べたかもしれないという報道もあるようです。それの当否がどうなのかはともかく、クマはおそろしい動物であることに変わりはありません。

本書の元ネタとなった現実の事件である「三毛別羆事件(wiki)」は超有名なので、それについては特に書くこともないですが、まじでおそろしい事件だったとともに、いつでも起こりうることかもしれないと考えると怖気がふるいます(現在はこの事件で現れたような巨大な羆はいるのでしょうか、たぶんいるんでしょうね)。二年前に地上波のテレビで放送していたドキュメンタリー風再現ドラマでは、この三毛別事件と津山事件(津山三十人殺し)などが取り上げられていました。その内容が本当にものすごい再現性で、すごいリアルで、ドラマとは思えないほどの出来でした。

本書はドラマ(映像)とは違いますが、北海道の大自然にひそむ脅威を感じ取ることのできる内容になっていて、特に想像力をフルに使うことによって、並のホラー小説よりも恐怖を感じます。最初の犠牲者を発見する場面のしずかさなどは非常に不気味で、その後、羆に襲われた集落の人間たちが、いつまた来襲するか分からないその羆の影を森林の闇に感じておびえるさまは、まさしく定番のホラーそのものです。隣村から応援でやってきて、はじめは羆をおそれることのなかった男たちが、実際目にした巨体に追い散らされ、逃げまどう様子には滑稽ではすまない臨場感があります。

詳しい物語の流れについては、あえて触れません。実際に読んでいただいたほうがいいからです。とにかく、羆は人間のことを餌としてしか思っていないところが、無残さを際立たせます。胎児ごと食われて一部を残し、全く原型をとどめない姿(「肉片と骨片」)で発見された犠牲者、羆の糞に混じった髪の毛や〔羆の〕胃から摘出された衣服のかけら、羆が人間を食っている時のすさまじい音などなど、人間の無力なさまには絶望感しかありません。

村人にとって最悪だったのは、彼らが東北からの移住民ということで羆の本当のおそろしさを知らなかったこと(知っていてもどうしようもないですが)。冬眠の時期を逸してしまい気が荒くなっている「穴持たず」の羆になっていたこと。経済的な理由で銃が持てなかった、あるいは羆を専門に猟をする人物が村にいなかったこともあげられるでしょうが、これらはまあ仕方ないか。さらに不運(?)なのは、羆は火を恐れることはなく、逆に火を焚くことによって人間の所在を知らしめる結果になったこと〔を知らなかったこと〕。そして、最初の犠牲者が大人の女性だったことから、羆が人間の女性〔の肉体〕にものすごい執着をみせて辺りをうろつく様は、〔何度も言いますが〕まさしくホラー映画でありそうなかんじです。

不運とは言っても、人間の側にも責任はないことはないです。新しく開拓された場所は、三毛別よりさらに奥の山深い六線沢というところで、自然が豊富なだけに野生動物のかっこうの棲息場所であったわけです。羆の縄張りに入ったというか、羆との生活場所が被ってしまって、その結果背負うことになった「代償」ともいえるでしょう。まあ、羆のことをよく知らない本土の人間が、安易に自然に踏み込んでしまったともいえるのでしょう。しかし、彼らの生活のことを考えると一概に責めることもできないのですから、そう考えると余計に悲劇の感は強まります。

本書では、そういった厳しい生活のなかに垣間見られる人間の生き生きしたものも少しうかがえます。大自然(羆)対人間(文明人)という構図でみていくと、羆の最期にもなぜだか悲哀を感じますが、まあ人間の勝手な妄想でしょう。

(成城比丘太郎)



羆嵐改版 (新潮文庫) [ 吉村昭 ]

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