★★★☆☆

考える蜚ブリ(ごきぶり)(奥本大三郎/中公文庫)

投稿日:2018年10月23日 更新日:

  • ファーブル昆虫記の訳者によるエッセイ
  • 上品な読み物。旅行記やファーブルの生涯の描写も多い
  • タイトルの正確な表記は画像参照
  • おススメ度:★★★☆☆

また何でこの本を読もうと思ったかは簡単で、そのインパクトのあるタイトルに惹かれたから。本の裏さえ読まなかったから、この本がエッセイであることも知らなかった。ファーブルはもちろん知っているけれど、この高名な作者についても知らなかった……というのは、たまたま知人にファーブルの訳者といったら「ああ、あの有名な」と言われたので、笑ってごまかしたが、すみません、本当に知りませんでした。とにかく、タイトルにゴキブリが入る以上、何らかのホラー的見地から解釈できるのではないかという下心で読んだ次第である。

(概略)全部で8つの区分けがあり、前半のから中盤までは大の虫好きであり、フランス文学者である著者の身の回りの出来事が主につづられるエッセイ。後半は、ファーブルの人生やその足跡を追う旅行記という構成になっている。これは1993年に出版されたものであるので、実はちょっと(かなり)昔の話なのだが、余り違和感はない。全体的に知的で昆虫愛・自然愛に溢れた著者による微笑ましく、そして品のいい文章である。

最初の方は、虫の為に庭に木を育てていて、その剪定をしてゴミに出したら持っていかれなかったとか、本が多すぎて焼いたとか、学者にありがちなエピソードで正直退屈する場面もある。しかし、随所に興味深い描写があって、例えば「手塚治虫の昆虫学的想像力」では、手塚治虫が昆虫図鑑を超えるスケールで昆虫を手書きで掻き分けているとある。そのエピソードは、手塚治虫はディズニーよりも昆虫によって色と形の影響を受けたのではないかと結ばれるが、こんなところで「手塚治虫伝説」を読めるのは面白かった。

かと思えば「混沌の中で」という題名で、三つの命題を上げたりする。(以下引用・本文略)

命題の一 探すものは見つからない
命題の二 床に本を置くと本は増殖する
命題の三 標本は人に見せると減る

昆虫学者である作者が標本を人に見せ、褒められてあげるというと、すかさず空の携帯用標本箱をとりだす、という落ちはちょっと笑った。私など、大人になってからは虫をそれこそ毛嫌いしているので、標本など欲しくも無いのだが、世の中は広く、また、研究すべき事柄は膨大だと思わざるを得ない。

と、まあ、こんな風に紹介していくと、余り面白そうでないと感じられるかもしれない。上記のように昆虫好きという訳ではないので、頁を繰る手が止まらなくなるようなことはなかった。実際、ほぼ半月かけてチビチビ読み進めた。とはいえ、途中で投げ出さなかったのは、だんだんと味が出てきたからである。正岡子規を敬愛しているので、子規と昆虫との関り等が描かれていたのもその要因かも知れない。

そういう訳で怖い本としては、紹介できない内容なのは間違いない。敢えてグロテスクな昆虫を紹介するでもなく、表題についても中身を読めば奇をてらったものではないことが分かる。少しご存知の方なら、パスカルの「人間は考える葦である云々」の引用であると想像されるだろう。実際その通りで、

人間は一匹のゴキブリにすぎない。自然のうちで最もしたたかなものである。しかしこれは、考えるゴキブリなのである。これをつぶすのに、宇宙全体がスリッパをかまえる必要はない……

と、描写されている。後半のスリッパの下りは、パスカルの名言の続き、

これ(人間)をおしつぶすのに、宇宙全体が武装する必要はない。蒸気の一吹き、一滴の水でも、これを殺すに足る。だが、たとえ宇宙がこれをおしつぶしても、人間は、彼を殺すものより尊いであろう。なぜなら、彼は自分が死ぬこと、宇宙が自分より優越していることを知っているからである。宇宙は何も知らぬ。

から取られている。うーむ、恥ずかしながら初めて「考える葦」の続きを読んだ。こんなことを言っていたのか。普段、娯楽小説しか読まない私にはよく勉強になる本である。後半のファーブルの人生は、正に虫に一生をささげた研究者の偉人伝で、フランス人より日本人の方がファーブル昆虫記をよく読んでいるらしい(当時)というのが、興味深かった。日本人は虫好きな国なのである。そう言えば、こんな虫嫌いな私も、クワガタを捕りに早起きしたり、蛍を捕まえたりしたものである(というより、川の町であった故郷は、昭和の頃は勝手に蛍が家まで飛んできた。カブトムシも夏の夜になると網戸に止まっていたので、カブトムシなどわざわざ虫取りに行く価値が無かったくらいで、要するに田舎だったのである)。

ここで終わると、怖い話とは何の関係もないので、一編だけ怖いというか、考えさせられたエピソードを。「終末の色」というエピソードで、ゴミ工場を見学した作者が、そのゴミを埋め立てる埋め立て地はあと、何年くらいでいっぱいになるかと職員の人に尋ねる。すると「あと二十年ぐらい先のことでしょう」という答えが返ってくる。本文には

あと二十年も経った頃、東京の人間はまだこんな贅沢な生活をして、ものを棄て続けていられるだろうか(中略)老人ばかりになって活力の衰えたその頃の日本では、ゴミ問題は少し楽になっているのではないか。

と、述べられているが、現時点(2018)で約25年経ったが、たいして状況は変わっていない。老人ばかり増えてきたのは事実だが、贅沢な暮らしというものは続いている(と思う)。さて、こんな日本がいつまで続くのだろうかと考えるとふっと不安になる。子どもたちの成人した世界でも、こうやって虫を愛でたり、本を読んだりしているのだろうか。ちょっとだけ、切ないような、悲しいような気分になった。

とはいえ、先日、わが第二の故郷・奈良の誇る超豪華な原っぱ「平城宮跡(公式ページ)」で、小学生の娘がバッタをキャッチ&リリースして遊んでいた。いつの時代でも子供だけは虫の味方(あるいは敵)という気がする。話はだいぶ逸れたが、虫好きで、静かなエッセイが好きであれば、十分に読む価値があると思う。ファーブル昆虫記(子ども向けだが)も久しぶりに読みたくなった。

※余談・平城宮跡は奈良公園に比べ恐ろしくマイナーだが、個人的には奈良らしい悠久なる歴史を感じるならこちら。最近、新しい展示スペースが整備されたが、それでもほとんど何もないと言っていい。自転車で走り回れるし、なんと一部を除けば駐車場が無料なのである。土日はすぐに一杯になるが、この商売っ気のなさは、いっそ、清々しい(土産物屋や食べ物屋は最近できた)。遺跡の上に乗っても怒られないし、駐車場はおろか、展示スペースも入場料なんてケチなものは取らない。奈良駅からはちょっと遠いけれど、ぜひ、この広い土地で、何も考えずに平面を眺めてみるのも趣があるだろう。

※余談2・中国がプラスチックゴミの輸入規制を始めるとのことで、日本も呑気に構えてられないようだ。結局日本からあふれたゴミは海外に行っていたのか。世界中がゴミになったらどうすんだろう? スガシカオ的なメランコリックな気分に陥る。最悪、風呂敷文化に戻るか。それはそれで素敵だ。

 

(きうら)


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