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創作 特になし

金属音(短編怪奇譚)とレトリック感覚(佐藤信夫 /講談社学術文庫)

投稿日:2019年8月14日 更新日:

  • 創作怪奇譚一つ
  • 表現についての解説書
  • 自作小説と短い本の感想
  • おススメ度:特になし

【ナイフ/きうら】

友人のAが倒れたと聞いたので、わたしは土産も持たずに病室を訪ねた。どうしたんだ、と尋ねると、Aは弱々しく笑いながら「まあ聞いてくれ。実は自分でも未だに信じられないんだがな」と、こんな話を始めた。

×   ×   ×

その日、俺は商談で遠方に出張していたんだ。しかし、営業中に急に社内が騒がしくなって、商談は急に打ち切られた。
理由を聞くと、営業に出ていた社員が事故で亡くなったとのことだった。俺は何とか黒ネクタイだけ用意して、通夜には参列したが、予定の接待は無くなってしまった。

大事な取引だったので、気合も入っていたし、迷惑な話だったよ。そんな気分で、安いビジネスホテルに帰る気もせず、ビル街をふらついて目に付いたありふれたバーに入った。一番奥の席が空いていた。
(やれやれ、明日はどうなるだろう)
俺はそんなことを考えて、スコッチを舐めていたが、ふと隣の席の三人組が目にいったんだ。
二十代らしい女と、中年の男が二人。会社の知り合いかと思ったが、 会話の断片に「死人」「ナイフ」「増える」などという単語が聞こえてきた。俺はまあ、小説かドラマの話題かな、と、聞くともなく聞いていると、不意に「違います!」と、抑えた女の声がはっきり聞こえた。
二人の男はそれを聞いてしばらく押し黙っていたが、やがて曖昧な笑顔を浮かべて「悪かったね」と呟き、店を出て行ったんだよ。

おおかたナンパにでも失敗したのだろう。俺は、ざまぁみろという気持ちで、それを眺めていたんだ。ただ、ジロジロ見るのも悪いので、再び壁を相手に意味もなくグラスを揺らしていた。
「お葬式だったんですね」
女が不意に俺にそう話しかけてきたんだよ。やはり低く抑えた調子の声だった。俺が視線を向けると、女の横顔が見えた。大きく湿った目だけが、こちらを見てたんだ。
「あ、ごめんなさい。少し気になって」
そういえば、俺はネクタイを外すのを忘れていた。確かにバーに黒ネクタイはない。慌てて外したよ。
「会社関係の通夜があったんでね。うっかりしてたよ」
私がそう返すと、女は少し首を傾げて微笑んだ。女は長い髪を結い上げて、垢抜けたなかなかの見た目だった。
「ううん、いいんです。よく見ますから」
女はそう言った。少し酔った頭で「ん?」と思った。
「よく見る?」
「ええ」
女は足元の鞄からスマホを取り出した。カチャリ、と金属的な変な音がした。その音が気になった。俺が見ているのに、女はそのままスマホを弄りだした。少し、嫌な予感がしたんだよ。その時、その予感をもっと信じていればな。やっぱり、男はだめだな。
「よく見るって、黒ネクタイを?」
俺がそう言うと、女は全く別のことを言った。
「こんなこと、聞いてもいいですか」
やはり横顔のままだ。そういえば、さっきも男たちの方を向いて話していなかった。
「こんなことって?」
それでも、成り行きで私は聞き返した。
「死人って増えるんですか」
私はすぐに答えあぐねた。意味が分からなかった。グラスを傾ける。スコッチは苦いばかりだ。
「あの、すみません。変な女と思ったでしょう。でも、あなたなら大丈夫かなって」
何が大丈夫なのか分からない。女は髪に手をやる。それは一つの生き物のように揺れてた。
「大丈夫って?」
「だって、ねぇ、あなたも……」
女は言葉を濁した。私は微かに苛立った。同時に、その湿った声に惹きこまれてもいた。
「実は、私、執行猶予中なんです」
だしぬけにそんなことを言った女は、ふふふ、と笑った。
「聞いてくれます?」
俺はグラスを傾けた。ほとんど解けた氷の味しかしなかった。
「私、2年前に結婚したんです。ユウトって名前の背の高い優しい人でした。でも、それは外側の顔だったんです。結婚すると、私はまるでペットの様に管理され、少しでも気に入らないと暴力を振るわれるようになったんです。とても嫉妬心が強くて執念深くて」
女は自分のグラス揺らした。
「スマホも持たせてもらえなかったんですよ。それで、仕方なくパソコンで友達とやり取りしてたんですが、夫は勝手にそれを見てたみたいなんです。私、役者になりたかったから、男友達も多かったんです。でも、メールを盗み見した彼は激怒して、それで」
女がゆっくりとこちらに顔を向けてきた。
「ひどい暴力を振るわれました。ほら、こんなに」
女の左頬に大きなあざが出来ていた。顔の形も変わっている。それで振り向かなかったのか。俺は背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「頬骨も折れたんですよ。酷いですよね。で、私もそれから、警戒するようになって。そうしたら三日後ぐらいに、去年別れた男の名前を出して、私に襲いかかって来たんです。いきなり突き飛ばして、すごい修羅場だったんですよ」
女は笑っている。
「でも、警戒してるって言ったでしょう? 私、携帯用のナイフを持っていて、彼に首を絞められたので、それで思い切り刺しちゃいました。とにかく、めちゃくちゃに。うまく心臓にささったのかな? すごい血が流れて――」
俺は逃げ出すことを考えていたよ。でも、一番奥の席でさ、どんずまりだったんだ。
「彼、死んじゃいました。そんなことがあって、私、執行猶予なんです。でも、聞いてほしいのは、ここからなんです」
女は顔を寄せてくる。赤黒い痣がくっきり見えた。
「殺したはずの彼が、私の前に現れるようになったんです。昼でも夜でも。しかも、現れるたびに、彼は増えるんです。最近は10人に増えた彼に取り囲まれたりして。わたし、その度に、何人ものユウトにナイフを突き出すんですけど、彼は笑ってて」
俺はもう腰を浮かしてたよ。
「ダメダメ、もう死んでるよって。私も分かってるんです。でも、刺さずにはいられなくて。だから、ほら、ナイフがたくさんいるでしょう?」
女はカバンを持ち上げた。カチャカチャと音がしていた。とにかく、俺は立ち上がった。
「今も、私の周りには彼だらけなんです。あなたも別の人を連れてるから同類かなと思ったんだけど……」
「わ、悪かったね。俺、これから約束があって」
俺は何とかそう言ったんだ。そうしたら、女はカバンの中に手を入れて、不意に感情のない目でじっと見つめてきた。
「あなたもユウトね」
その時、女の後ろに立って笑っている背の高い人物を何人も見た気がしたんだ。
次の瞬間、俺の体に激痛が走った。その後、気が付いたらここにいたんだ。

×   ×   ×

そのおかしい女に刺されたのか、と私が聞くと、Aは首を振った。
「いや、俺はどうやら路地に倒れていたらしい。でも外傷は全くなかったんだ。俺は酔って夢でも見てたんだろうか」
Aはそう言って腹をさすった。
「でも、意識を失って病院に運ばれたのは本当だ。胃に大きな穴が開いていたよ。でかい胃穿孔があるらしい」
その時、隣のベットでカチャリという、金属的な音がした。Aは私が驚くほどおびえて体を揺らした。カーテンの向こうから、リンゴでも剥くわ、と、老婦人の声がした。
「なあ、死人は増えるのか?」
Aは私に向かってひどく真剣にそう言ったが、視線があらぬ方向をさ迷っている。


そして、彼はベットの下から一本のナイフを取り出した。

<了>



レトリック感覚 (佐藤信夫/講談社学術文庫)

共同管理者の成城比丘太郎氏に、自作の小説を読んでもらったのだが、これが散々な評価で「何かアドバイスある?」と聞いたところ、勧められたのがこの本(と続編「レトリック認識」)である。レトリックは一般的に修辞と訳されるものだが、そんな単純なものではなく、実に奥深い技術の体系なのであった。

上記の短編小説でも分かるように、私はそういう技術を意識して習得ようとしたことが無いので、恐らく、その点を指摘してくれたのだろう。内容は、論理や文法で語り切れないレトリックを例文を交えて、丁寧に解説してくれるもの。時々、理論が難しくなるが、例文があるので分かりやすい。文章を書こうと思っている人はおおいに参考になるのではないだろうか。

全部習得できたとはとても言えないが「自分の文章を技術的に検証する」という視点を得たことが私にとっては重要な点であった。文法、単語に加え、レトリックという視点を入れてみる。まあ、一朝一夕で体得できるものではないが、今後はそんなことも考えて文章を書いてみたい。ただ、この文章はその点を全く考慮していない。ううむ。ちなみに、こういう肯定-否定が続く表現は対比というらしい(続編「レトリック認識」より)。

(きうら)


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