★★★☆☆

鼻(曽根圭介/角川ホラー文庫)~あらましと感想、軽いネタバレ

投稿日:2017年9月18日 更新日:

  • 「ブタ」と「テング」に分けられた奇妙な現代社会を描く表題作
  • 経済寓話的な「暴落」とワンシチュエーションホラーの「受難」も収録
  • やや幻想的な作風、虐げられたものの不幸が主なテーマに語られる

上記に表題作の中身を少しだけ書いたが、これだけでは何のことか分からないと思う。少し説明すると、現代を舞台にしているが、人間は「ブタ」と「テング」に分けられ、「テング」は酷い差別を受けているという設定になっている。後半にそれを示唆する固有名詞があるので、恐らくナチスの人種差別政策に着想の一部を得ているのではないだろうか。

「鼻」はラストに「仕掛け」があるので、ネタバレせずに詳しくは語れないが、この「テング」の側に立ち、それを最終的に救う側に立つ医者のストーリーと、連続幼女誘拐事件を捜査する暴力的な警官のストーリーが、それぞれ一人称で展開する。

少々、描写や設定、場面転換に荒っぽいところはあるものの、その異常な設定と、特異な行動をとる刑事の語り口は面白く、最後まで退屈せずに読めるはずだ。内容そのものは、それほど斬新な設定だとは思えないが、とにかく「鼻」という題名と「テング」と命名したことが上手い。読者はどうしても、「テング」がなぜ「テング」なのかを疑問に思ってしまう。たぶんこの文章を読まれている方もそう思うだろう。しかし、この作品はSFやファンタジーではなく、純粋なホラーである。ラストに煙に巻かれてモヤモヤすることは無いので、ご安心を。

怖い、怖くないの話をすると怖くないのだが、なかなか奇想天外でいて、スッキリまとまるホラーなので、興味が有ればご一読を。ただ、ストーリーの根底には、虐げれらた人間の恨みや憎悪が見え隠れするので、そういう描写に耐性がない場合はご注意頂きたい。また、多くはないが残酷な描写などもあるので、その点も一応お断りしておく。

さて、この小説は表題作が短編であるため、あと2つの短編ホラーも収録されている。順番的には「暴落」「受難」「鼻」となる。

最初の「暴落」は、個人の価値が「株」で売買されるという設定のお話。それだけだと何でもないが、その「株」が上場廃止になると、「強制処分」つまり「人権を奪われて殺害」されてしまうという点がホラー的設定になっている。内容的には、よくある企業小説的な内容を、上記の設定を触媒に換骨堕胎して、ホラーに仕上げたようなストーリー。

設定自体は安易だと思うが、語り口が面白いので、すんなりと読めてしまう。ただ、ホラー的な味付けにするために、どうしてもディティールが甘くなってしまっているのが難点で、「株」が上場廃止された場合のペナルティはもう少し別の方法があったのではないかと思う。

二つ目の「受難」は、明快なワン・シチュエーション物のホラー。導入部は、こんな感じだ。

目が覚めたら、片腕を手錠に繋がれて、どことも知らない場所に転がされていた。昨日、遅くまで酒を飲んでいたことは覚えているがどうしてこうなったのかは分からない。周りを見渡すと、ただのビルとビルの間の狭い空間の様なので、すぐに助かるはずだ……。

ご存知の方なら映画「SAW」を連想するような出だしになっている。ただ、この後の展開はおそらく予測不能だろう。私も途中まで全く分からなかったが、タイトルを見て納得した。そういう意味か。ただ、リアリティという面では少々疑問を感じるシーンもあった。

全体的には、根底に現代社会への嫌悪感が横たわっているのがよく分かる。著者は個人的に社会で相当つらい目に遭ったのではないかと邪推してしまった。3つのストーリー全てに、差別や不平等などの描写がある。社会批判とまでは行っていないので、文学的ではないが、作者の作風はよく理解できた。個人的にはホロコースト的な内容をホラーに利用することには違和感を感じるが。ちなみに「鼻」が「日本ホラー小説大賞短編賞」受賞作品。

久しぶりに「怖い本」の本道に戻って、現代を舞台にした、少しパラノイックなホラーが楽しめる短編集になっていると思う。

(きうら)



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