- 椎名誠が自身の不眠症について語る
- 不眠の原因や解決策についての雑記風
- 余り体系的な話ではないが興味深い
- おススメ度:★★★☆☆
私はもう椎名誠の30年来の読者であるが、著者が不眠症であるという事実は、この本が発表されたとき(2014年)にはじめて知った。今はテレビなどにもほとんど出演しないが、昔は颯爽と大草原を馬にまたがって駆け回り、かつ小説も相当に書けるというその時代の「男」の代表的なアイコンだった。その健全な印象と不眠症という症状は意外な組み合わせだったので、よく覚えている。ただ、当時は本を買ってまで読もうと思わなかったのだが、今回手に取ったのは単純な理由からだ。要は私も不眠症になったのである。
不眠症はあらゆる恐怖と肩を並べる恐ろしい病だ。アル・パチーノ主演でインソムニア(不眠症)という映画もあったが、一つのジャンルとして成立するくらいの恐怖感がある。本書でも詳細に述べられているが、不眠症にかかると、十分に休息が取れない。約3時間ほどで目が覚めてしまうと書かれているが、私もまったく同様で、恐ろしいほど正確に目が覚める。最近は再度眠れるようになったが、症状が悪化すると、体力が限界に達するまで二度と眠ることができない。私の場合は、約30時間起きていると疲労困憊し、強制的にシャットダウンされる様に眠るということを繰り返したが、体力は落ちるし、精神も荒んでくるので、睡眠薬が必須になってしまった。
さらにこの病気の厭らしいところは、自分がその症状に陥ってみないと実感が全くわかないところだ。たぶん、今、この文章を読まれている方も大部分は心のどこかで「だったら、昼寝でも何でもして寝ればいいじゃないか」と思われているのではないだろうか。眠りというのは人間にとってあまりに根本的且つ容易な作業なので、頭ではわかっても共感できないのではないかと思う。事実、不眠症になる前の私も、同様にあまり興味が無く「眠れないのは苦しいだろうなぁ」程度の感慨だった。ただ、これは完全に病気なので、もし、同じ症状に悩まれていたら迷わずちゃんとした心療内科にかかることを強くお勧めする。不眠症は、鬱病や双極性乖離障害などとも親和性が高く、そういった深刻な症状を誘発しかねない。
本書では不眠の恐怖とポル・ポト派の「眠らせない」拷問を例に挙げて語っているが、人間は眠らないと確実に発狂する。これだけ科学が進歩しても眠りや夢の役割について、明確な解説やコントロール方法が無いのはもどかしいが、人間にとってやはり不可欠なようだ。たとえとしては不完全らしいが「アイドリング状態で車を車庫で休ませる」ようなものだと述べられている。著者はいろいろな薬やアルコール、睡眠グッズなどを試しているようだが、最終的に塩風呂につかると、リラックスして眠れると書いてある。私も今度試してみようと思う。
不眠症の解説本としては余り体系立てて語られていないし、解決策も個人的なものなので、椎名誠に興味があるか(ファンなら良く知っているストーカー事件についても語られている)、不眠症に身近な人がかかっている人以外はそれほど面白い読み物ではないと思う。ただ、不眠症はストレスなどで、中年になって突然発症するケースも多いので、対岸の火事だと思っていると、思わぬ時に足をすくわれる。私もそうだった。最も、これだけ病が溢れている現代では、何の不調もない人の方が少数派だと思うが……。そして今日もまた、自身の短い睡眠を考えて少し憂鬱な気分でこの文章を書いている。「ぼくも眠れない」。
(きうら)