- クトゥルー神話の傑作長編
- クトゥルー復活の陰謀に巻き込まれた一組の夫婦
- ラヴクラフト作品へのオマージュ
- おススメ度:★★★★☆
先日取り上げた『クトゥルー(2)――永劫の探究』では、ダーレスによる人間対クトゥルー側という構図の単純なストーリーでした。一方、この『アーカム計画』は、それをブラッシュアップしたものというか、人間の視点を遥かに超越した旧支配者側の見えざる恐怖を伝える作品といったかんじで、ダーレスのものとは別物になっていると思います。本書では最終的に、人知のおよばない新たな世界の到来を告げるものになっています。
本書は三部構成です。第一部は、蒐集家であるアルバート・キースを主人公に、彼が友人のウェイヴァリーとともに〔偶然に〕巻き込まれる事件のことが描かれ、それが本書全体の導入となっています。アルバートの一目ぼれで手に入れたある絵が、ラヴクラフト作品と関わりがあることを、ウェイヴァリーから知らされます。そこから物語は、次々と不穏な感じになっていき、アルバートは今までの安全な場所から出て、人生を真の世界にさらすことになるのです。二人に見舞う、ラヴクラフト作品にまつわる事件の数々は真に迫っています。〔作品の〕現実世界ではクトゥルー神話関係の地名(アーカム・インスマスなど)は実在しないことが、かえって読者に怖さを感じさせます。ラヴクラフト作品に酷似した出来事に襲われたアルバートは、これらを推理していきます。彼は最終的にタヒチへと向かうのですが、その際の展開は少し早すぎる気がします。
第二部は、この作品のなかで一番長くて重要です。行方不明になったアルバートの別れた妻であるケイ・キースが主人公になります。ケイは、アルバートの妻ということで二つの勢力から目をつけられることになります。「星の知慧派教会」のナイ神父と、政府側の諜報員であるマイク・ミラー、ケイはこの二人に非主体的にいざなわれ、漠然とした不安や怖れとともに物語そのものに導かれていきます。第二部でも、ケイという〔流されやすい〕人物を中心に、実際の世界へラヴクラフト作品(=虚構)が侵出してくる恐怖が描かれます。読者はケイとともに「星の知慧派教会」からワシントンでの会議を経てイースター島までへと目くるめく展開を味わえます。
第三部は、短いもので、新たな世界の到来を告げる話になっています。ここでの主人公は新聞記者のマーク・ディクスンです。彼はある暗黒教団を追っていて、養父であるジャドスン・モイブリッジの〔ラヴクラフト作品への〕態度に不審を抱きます。その後、話は急展開していき、ラストの驚愕の事実まで一直線に進んでいきます。具体的な細部に関しては実際に読んで楽しんでください。
本書のおもしろさは、ラヴクラフトの虚構が実は現実へ警告をなしていたということを批判的に書いていることでしょう(いい意味で、ラヴクラフトの批判的継承)。ラヴクラフト作品を追体験して何らかの真実に迫っていく登場人物たちが抱く、ある種無意味なあがきがダーレスのものとの違いです(ダーレス作品の最後も不穏な含みをもたせてはいましたが)。
(成城比丘太郎)