- かなり狂ってる人が登場する
- 奇想とユーモアとナンセンスとシュルレアリスムと
- 語り手の饒舌さ
- 奇妙さ:★★★★☆
【はじめに】
トンマーゾ・ランドルフィ(1908-1979)は、イタリアの文学者。いつか読もうと思っていた作家だった。ようやく読めたが、内容は、思った通りのヘンテコなのが多くて自分好み。本書の短篇集に収められているのは、奇想にあふれたものや、よくわからないけどおもしろいものや、シュルレアリスム風のものや、寓話っぽいものやら、色々とあってとても良かった。読者を選ぶかもしれないが、変な短篇を読みたい人向けだと思う。
【各短篇の簡単な感想】
・「マリーア・ジュゼッパ」
「わたし」がマリーア・ジュゼッパという女中について語る語る。彼女へのひどい仕打ちを語るわけなんだが、どこか滑稽さもあるよう。でも、一方的な弁明でもあるような。
・「手」
納屋で見かけたネズミに犬をけしかける人の話。人も犬も狂ったようにネズミを残酷な目にあわすのだが、最後はその死んだ鼠の魂が付きまとう。これってほんまの話か?
・「無限大体系対話」
「わたし」が、Yという人物がつくった「ありもしない言葉」で彼が成した詩を聞かされる。ひとつの言語体系が、ある自立性を持っているとすると、それと他の言語との相対性は確保できるのか、あるいは絶対的なものになるのか?詩とは、音だけで「意味を持たないもの」ですまされるのか?それが芸術か?理屈が好きな人向けの短篇。
・「ゴキブリの海」
これが一番シュルレアリスティックな作品。というか筋を書いても訳が分からんが、一応書きます。60歳になろうかという弁護士がいて、彼の息子の傷から色んなものや「うじ虫」が飛び出し、その後なぜか息子ともどもフリゲート艦に乗り込むという展開。その船が目指すのは、「ゴキブリの海」という場所。なぜか息子は偉い人物になっていた。やがて熱帯の海に到着するが、そこには大量のゴキブリたちがプカプカ浮かんでいた。「うじ虫」と人間とが、艦に乗り込んでいたある女性をどれだけ快感に溺れさすことができるかという対決がはじまり、最後はゴキブリパニック。書いていて、本当に訳が分からんが、作者のイメージは分かるので、狂気に触れたい人向けの短篇。
・「狼男のおはなし」
月がイヤな「ぼく」。「アイツ」がその月を捕まえてきて、煙突からその月を放し、月は煤を帯びて空はしばらく暗闇になる。ピランデッロの短篇を思わせる一篇。というか、もしこの月を、つくりもののオブジェにしたら、まんま稲垣足穂。
・「剣」
ものすごい斬れ味を持った剣を手に入れたレナート。その剣にふさわしい仕事とは?分かりやすい一篇。
・「泥棒」
金持ちの家に侵入した泥棒が、不審な行動をとる家主(狂人?)に恐怖する。その後は、変な感動ものになったかのよう。
・「カフカの父親」
本書カバーにあるルドンの絵から着想を得たのかどうか分からないが、カフカの父親がクモの頭を持って現れるという話。このクモが何かを考えながら読むのも面白いが、そのまま味わってもいいかも。
・「『通俗歌唱法教本』より」
人間(歌手)の声が「固有の重さと固さ」を持って、それが人を傷つけるかと思えば、声が色彩を帯びて色んな現象を伴う(稲妻、霧や煙)。また音が味覚(苦味)や匂いを持つことが描かれる。音声が、心理的・生理学的・化学的な反応をよびおこすという、ひとつの文学的表現か。
・「ゴーゴリの妻」
単なるゴム人形であるというゴーゴリの妻をめぐる話。とにかくユーモアたっぷり。妻の正体はゴム人形とあるが、そんなに尾籠な話ではありませんよ(満面の笑み)。ゴーゴリ自身が人形をポンプで膨らませることができる。なんというか悲喜劇そのもの。とにかくおもろいのは間違いない。
・「幽霊」
「盗賊の回顧談」として話は進む。一応、語り手が盗人なので話半分に聞くとしても、なんか饒舌なやつ。内容は、辺鄙な農村にある男爵の館でのこと。夜だというのに、幽霊の扮装をする人や銃をぶっ放す人たちが大騒ぎをして(男爵を驚かして)いて、そこに忍び込んだ語り手が、その人たちの話を聞いて、何かの事件の真相に迫ったとすると、ミステリとしても読めるかもしれない。
・「マリーア・ジュゼッパのほんとうの話」
はじめの短篇「マリーア・ジュゼッパ」の真相を話すという態になっている。彼女の欠点や彼女のその後を、思い出話のように語る。
・「ころころ」
殺人犯が、「完全犯罪」を装うために、死体のどの手に銃を握らすかでアレコレ考えまくる話。堂々めぐりの思考と言いたいが、語り手によると、思考というより「精神的な回路」による「馬鹿げた思案」らしいが、それを思考と呼ばないのが、なんかおもろい。これもまた理屈っぽい人向けの一篇。
・「キス」
夜、眠っている男のくちびるに、くちづけしてく謎の存在。それを確かめようとする男はどうなってしまうのか・・・。単純なのでおもしろおかしく読める。どこか、ポーの渦にのまれるような感覚が味わえるかも。
・「日蝕」
ひとりの女性が、ふたりの男性(美術批評家とエンリーコ)によって、日蝕中に髪をほどき裸になるよう要請される。なんというか、とても分かりやすい筋なのに、何とも分かりにくい内容。日蝕に向かう時の、光と薄闇とのコントラストが絵画的でイイ。何度でも読みたくなる不思議な感じ。しばらくしたら、もう一度読んでみよう。
・「騒ぎ立てる言葉たち」
口から飛び出した言葉たちが、自分たちにふさわしい意味を求めて、人間側にアレヤコレヤと文句をつける話。分かりやすい奇想だが、言葉たちの意味への欲求を考えると、ちょっと深いかも。
【まとめ】
ブッツァーティの新作短篇集を読んだ後に、これを読んだのだが、ブッツァーティよりもブットンデいる。ちょっと訳が分からんすぎるので、そういうのがイヤな人にはダメかもしれない。でも、変な奇想短篇を読みたい人にはうってつけ。私は、他のやつも、もっと読みたい。
(成城比丘太郎)