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★★★★☆

グスコーブドリの伝記(宮沢賢治/ちくま文庫) ~あらましと感想

投稿日:2017年5月29日 更新日:

  • 残酷で美しい少年の成長記
  • 静かなラストに深い余韻
  • 宮沢賢治史上、最大のエンターテイメント小説
  • おススメ度:★★★★✩

私の母が宮沢賢治のファンで、幼いころに「銀河鉄道の夜」を読めと、私に盛んに薦めてきた。たぶん、小学3年生の時に読んだだろうと思う。結論は「よくわからない」小説という印象しかなかった。今読めば違うのかもしれないが、文学史上最も独創的で美しいタイトルの一つであるとは認めるものの、終始、幻想的な暗喩に満ち溢れ、私の期待した「冒険」は展開されなかった。だから、私の中で宮沢賢治は長く、フワフワした印象のただの文学家の一人にすぎなかった。それを覆してくれたのが、この作品だ。

(あらまし)賢治の空想する理想郷であるイーハトーヴという世界で生まれた、ブドリとネリという兄弟の苦難に満ちた数奇な運命の記録。自然災害で両親を失ったネリは人攫いに連れ去られ、ブドリ自身も苦しい仕事に従事する。しかし、不屈の意思で苦難を跳ね返すブドリは、やがて、知識と技術を身に着け、一人の青年として世界に向き合うのであった。

目を見張るのはそのダイナミックなストーリーライン。幻想小説的なスタンスは残しつつも、単純に読んで面白い物語に昇華されている。ブドリが出会う数々の苦難、それは主に火山による農作物の被害によってもたらされる。最初、ブドリはこの苦難に翻弄される。しかし、彼はそれに屈したりはしない。逆に学習と労働という尊い手段を用い、正々堂々と戦いを始める。

どうも私は正しく働く物語に弱いらしい。最も好きな小説の武装島田倉庫も働く男たちの物語だった。それは一人前の男が世界と戦う正々堂々とした方法だ。自分に力を蓄え、それで他人の力になり、そして、協力して苦難を乗り越える。よく、疲れたサラリーマンだの、老いて希望をなくした老人などを見るが、もっと胸を張っていい。自分の裁量と才覚をもって立派に戦った結果だ。誰も褒めてくれはしないだろう。しかし、そこに命を懸けるのが人生というものだ。

さて、物語は苦難の描写から始まるが、勤勉で実直なブドリは、徐々にその苦難を押し返す。そして、思いもかけない出会いを経て、ラストシーンへとつながっていく。短い物語なので、この辺の描写はぜひ実際に読んでほしい。

ラストシーンの一説の素晴らしさは言葉にできない。とても静かで、とても冷静で、それでいてきっぱりとした気持ちが語られる。史上まれに見る、深い感動が短い文章で現わされる。何度読んでも心が震える。

それにしても最後の最後、ブドリはどのような気持ちでその時を迎えたのだろうか。おそらく恐怖や悲しみはあっただろうが、それ以上に壮大で、美しく晴れがましい気持ちだっただろう。彼は胸を張っていたはずだ。そして満足していたはずだ。自分と家族だけのちっぽけな世界から飛び出していたはずだ。その崇高で壮大な気分は、不滅の美しさであったに違いない。

そこには、何も特別なことは書かれていない。しかし、最終段落の悲しくも温かい描写は、ブドリが「成し遂げた」ことを静かに語り、私たちに誇りとは何かを考えさせてくれるのだ。

前半は本当に恐ろしいプロレタリア系恐怖小説、後半は澄み切った物語。ぜひ、一度読んでほしい。

そして私は、宮沢賢治の著作をすべて読んだ。そして今でも、この話が一番好きだ。

(きうら)


(楽天)

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