- アレキサンダー大王の書記官エウメネスの人生を壮大に描く
- 「寄生獣」ばりの強烈なシーンも散見できる一巻
- 壮大な物語の興味深いプロローグ
- おススメ度:★★★★☆
前回、カズオ・イシグロ氏の「忘れられた巨人」を読んでいて、思い起こしていたのがこの「ヒストリエ」だった。過去の世界を舞台にしながら、現代的な憎しみと復讐、和解や決裂を描こうとする姿勢が似ている気がした。ただ、この本作はファンタジーではなく、ジャンルとしては紀元前を舞台にした歴史物だ。
(あらすじ)後にアレキサンダー大王の書記官となる、豊かな観察力と行動力、大きな知恵を持った青年・エウメネスが主人公。第1巻では、大群に包囲されたカルディア(現在のトルコ領)からスタートする。そこで見せるエウメネスの機知と、ある重要な人物との出会い、そして、彼の過去へと話が伸びていく。
3行の部分にプロローグと書いたが、2017年現在、約13年かけて10巻まで発売されている本作では、1巻は本当に導入の導入部分で大きなドラマは起こらない。ただ、意味深なシーンが散見され、今後の物語の重要な布石が打たれているのが良く分かる。
とにかく、目を覆いたくなるような残酷描写のシーンからスタートするのはさすがに岩明均だと思った。拷問される宦官に切り刻まれる娘……寄生獣の感想にも書いた気がするが、著者は、どこか人体欠損に関して興味と執着があり、そういったシーンを積極的に導入してくる。その点が「上品」な歴史書との違いである。この辺を好めるかどうかが、今後の物語を楽しめるかどうかに関わってくる。
ただ、物語の雰囲気は主人公のエウメネスのどこか「のほほん」とした雰囲気に似て、全体的には明るい作風だ。ただ、それが決壊する瞬間が随所にあり、それが類似作にない独自の緊張感として作品全体を覆っている。例えば、先ほどまでニコニコ笑っている人が急に襲い掛かってくるようなそんな怖さを秘めている。ただ、全てをそういうハードな描写に充てるつもりは全くなく、あくまでもエッセンスとして機能している。
実は現在の最新刊を読んでも物語は全くどうなるか分からない。とにかく構想が長大な割に進行が遅いので、気長に付き合うしかないという状況だ。これは著者の特徴なので如何ともしがたい。寄生獣のコミックスの折り返しの部分に「私に週間連載は無理だ」とこぼしていた通り、著者は芸術家肌の完璧主義者で、緻密な物語を構成するために時間をかけるタイプの作家である。私も年単位で新刊を待っている状態だ。
一巻では十分に伝わらないが、エウメネスのユーモアの陰に隠れた壮絶な過去や、古代の戦争に関する精緻な描写は一見に値すると思われる。過去作でも伺えたが、物語を理詰めで展開することに長けている作者なので、進行は遅くとも必ず伏線は回収していくし、粗雑な描写や無駄な描写はない。一度、この世界に捕らわれると最後まで読みたくなるだろう。ただ、現在のところ上記のような状態なので、完結してから読まれた方がすっきりするかもしれない。それが何年後かは想像もつかないが。
私は歴史音痴なので、作者が力を込めて書いていると思われる当時の風俗の再現や歴史的整合性については、たぶん、十分に感じ取れていない。しかし、それであっても面白いと感じることは間違いなく、残酷描写があるので万人には勧めないが、このサイトの読者なら読まれて損はないかと思う力の入った漫画である。
蛇足になるが、この物語のある一コマが、ネットでのいわゆるアスキーアート(AA)として、定着しているので、ネット掲示板好きの方なら「このシーンか」と、ニヤリとできるだろう。
(きうら)