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★☆☆☆☆

人魚伝説 (山村正夫/角川ホラー文庫)~あらすじと感想、中程度のネタバレ

投稿日:2017年9月26日 更新日:

  • 現代を舞台にしたホラー要素のあるミステリ
  • 人魚伝説はただのスパイス。特に重要なテーマではない
  • 究極の肩透かし系ホラー
  • おススメ度:★☆☆☆☆

久しぶりに読書後にこう思った。「いったい何だったんだ?」と。そういう理由で、あらすじも本の裏表紙をそのまま力なく転載する……。

(あらすじ)『人魚姫』に憧れる13歳の少女、速水舞。彼女の恵まれた幸福な日々は、突如破られた。奇怪な欲望の手に捕らわれ、廃屋の地下室に監禁された舞が目にしたのは、永遠に物言わぬ人魚の姿だった……! 常軌を逸した猟奇犯罪が完成するとき、少女は“死”という名の究極の美に化身する……前例のない異様な事件に挑む刑事たちは、舞を無事救い出せるのか? 緊迫のホラー・ミステリー。書下し。

実に華麗な煽り文句である。一応上記に書かれていることは、全て起こるので決して騙そうと思って書いた文章ではないのも分かる。私も上記の文章を見て、冒頭のハンス・クリスチャン・アンデルセンの「人魚姫」の原文の引用を読んだ時には、なかなか面白そうだと思った。最初に断っておきたいのは、文章そのものは非常に読みやすいのである。幼稚でもなく、変にひねった修辞や一人称での自分語りがないので、状況はよくわかる。良くわかるのだが、この作品を私の印象で一言で言えば、

「中身が空っぽ」

なのである。人魚伝説と少女の誘拐・監禁事件とテレビドラマのような安っぽい痴情のもつれのミステリーが、それぞれ勝手に進行しているだけだ。これは悪い意味でプロの作品で、全く小説的主題が無いにも関わらず、とりあえず職業的義務だけでお話としてまとめてしまったという感じだ。料理で言えば、それなりに食べられそうな食材がいくつか手に入ったので、とりあえず、食べられるように料理してみた--ただし、とりあえず最後まで食べられるぐらいの味、というような程度。

簡単に内容にも触れておくと、人魚は確かにテーマとして出てくるが、正直人魚でなくても全く支障がない。そもそも「人魚伝説にあこがれる13歳の令嬢」などという大仰な設定で始めるからには、それなりにホラー的な仕掛けがいると思うのだが、これが全く監禁されているだけ、という没個性的キャラクターである。少年でも妙齢の女性でも誰でも置換可能なキャラクターだ。

次に猟奇事件の要素だが、上記の少女を「人魚風に剥製にする」気の触れた中年の剥製師が登場するが、これも今の説明が全てである。一応、最愛の娘をいじめで無くしたことが動機として語られているが、だからと言って、その復讐に(実は)関係のない少女を人魚にする意味が分からないし、納得のいく説明もない。先に人魚の剥製ありきで話が進むので、疑問符ばかりが浮かぶシーンである。

最後の誘拐部分がミステリ要素なのだが、これも見事にどうでもいいくらいよくある話で、結婚を控えた令嬢の姉、その姉の婚約者のハンサムな精神科医、娘の美人家庭教師、謎のヤクザという4人が予想通りに行動して、ほぼ予想通りの結末を迎える。一応、キーワードとして「二重誘拐」という単語が出てくるが、2つの要素の束ね方が雑すぎて、ミステリとしての仕掛けになっていない。二時間ドラマ的というのか、予定調和の末のよくあるオチが待っている。

その他、刑事たちが活躍するようにも書かれているが、別に普通に仕事をしているだけで、複雑な推理をするでもない。そもそも、犯人たちの計画は穴が多すぎて、誰が見ても失敗するレベル。なまじ読みやすいだけに、途中からはっきりと計画の破たんが分かるようになっている。ミステリとしては、話の途中で計画が失敗しているのが分かるのは、斬新と言えば斬新だ。

悪口ばかりで申し訳ないが、他にもクロロホルムで失神させるシーンが多用されるが、現代ではクロロホルムに即効性が無いのは周知の事実である。また、途中まで性的倒錯を全く見せない剥製師がいきなり少女を襲うのも納得いかない。変な言い方だが、これだけ物々しい「監禁もの」を扱っておきながら、読者が予想する性的シーンに著者は全く情熱を注いでいない。なんだか、ついでにそういうシーンを入れてみました的な冷めた調子で、ある意味、見事なまでに無関心である。いっそ、書かなければいいのにと思ったが、たぶん、職業的義務感から凌辱シーンも一応入れたような節がある(ワンシーンだけで、以降、ドラマに全く絡まない)。

色々本は読んでいるで、小説の当たりはずれは当然あるが、ここまで評価できる部分のない小説も久しぶりだ。はっきりおススメできない作品と言える。一番面白いのが、冒頭のアンデルセンの引用部分というのが哀しい。ちなみに平成7年の書下ろしなので、相当古い作品であることは一応断っておきたい(電話の逆探知も出てくる)。

(きうら)


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