- ホジスンの海洋奇譚
- 謎の影につきまとわれる恐怖
- 徐々におとずれる怪異
- おススメ度:★★★★☆
【物語のあらすじ】
「わたし」ことジェソップが、自らの遭遇した怪異体験を語るという内容の物語です。サンフランシスコからイギリスへと戻るため、「モルツェストゥス号」の乗組員になった彼は、今までの乗組員が一人を除いてみな下船して、入れ替わっていたことを知ります。また、この船が呪われた船といわれていることも知ります。やがて航海に乗り出した船は怪異に襲われ、それらに振り回されることになります。船に乗り込んでくる「影」からはじまり、様々な怪異があらわれて、徐々に船員を恐怖に陥れるのです。はたして、船の運命はどうなるのでしょうか・・・。
【感想など】
全16章立てになっていて、章ごとに様々な怪異や異変が次々に展開していくという、なんともテンポのいいものになっています。物語の舞台はほぼすべてが船中なので、あまり見映えはしないかもしれませんが、異変の連続や乗組員の心理の変化など、楽しめることは色々あります。頻出する専門用語は、ホジスンの実体験が盛り込まれていることを感じさせます。
異変は、まずは人影が船に上がってきて、それをジェソップが見つけるところからはじまります。「なんだかわからないもの」が甲板に現れたという異変察知の後、目撃者が他にも出てきて、確かに何かがいて、何か異常なことがあるようだという認識に変わっていきます。ジェソップは、見習い水夫のタミーとともに、冷静になってそれが何かを探ろうとするのです。そして、その結果この船が今どういった状況にあるのかを推理していきます。このあたりは、オカルト風味の船上サスペンスとなっているようです。
その後、立て続けに何者かの襲撃らしきものにあい、霧が立ち込め、犠牲者もでてきます。この船に何が起こっているのかを知っている者と知らない者とがいて、なぜ共通の理解にいたろうとしないのだろうか不思議なのですが、おそらく船内の混乱を危惧してるのでしょうかね。そのうちに、船体の下、つまり海面下に船影が見えだして、この船になにかがつきまとっているのを知ります。
この怪異譚は、外からの応答に反応のない船(乗組員たち)が混乱に陥り、そこから逃れた者(=ジェソップ)を救助した別の船の乗組員から見た客観的な現象と、ジェソップの体験談を基に書かれたものです。「わたし」ことジェソップの話を、船の最後を一部始終目撃していた人物(書き手)が記したものということです。こういった構成は怪異譚としてはおもしろいです。体験談と、それを聞いて実体験風怪談として仕上げるにはオーソドックスながらも最適なフォーマットでしょうか。『異次元を覗く家』と同様ですね。
さて、余談というか、蛇足というか、この話は本当のことなのでしょうか。確かにこの書き手は、船の最後の姿を見ています。しかし、船は霧に包まれていて、はっきりと影に襲われていたと視認したわけではなさそうだし、ジェソップの体験談を聞いて、事後的にありもしない影を見たという認識をつくりだしたという可能性もなくはないのです。この当時の(現在でもそうかもしれないが)船員にとって気象異変はよくあることだし、船の沈没という極限状態において何らかの異変を錯覚することはあるかもしれません。ジェソップにしても、予備知識として持っていた船に対する何らかの因縁が悪い影響を与えたのかもしれません。まあ、これは無粋な読み方なので、単純に謎の幽霊船団らしきものに襲われた海洋ホラーとすればよいのではないかと思います。
(成城比丘太郎)