- エリートコースからはみ出た警部のハードボイルド警察小説
- 男性の同性愛と改造銃がテーマの第一巻
- 意外にロマンティックな一面もある
- おススメ度:★★★☆☆
京極夏彦、宮部みゆきと同じ事務所「大宮極(公式HP)」に所属する人気作家である著者。とはいえ、私が読んだことがあるのはこの一冊だけである。物語はいきなり新宿のサウナから始まる。実は同性愛者の被疑者を追っている主人公の潜入捜査なのだが、強烈な幕開けである。
(あらすじ)ある事件によってエリートコースを外れて新宿署に配属された主人公の鮫島警部。彼は警察内でも疎んじられ、一匹狼として捜査に当たっていた。彼の捜査には「取引」が通用せず、その筋の者からは、静かに忍び寄っていきなり噛みつく様子から「新宿鮫」として恐れられていた。ただ、彼にはロックバンドのボーカルの彼女(ボーイッシュな話し方をする)がいて、そのバンドの作詞に参加するという側面もある。そんな彼は、改造密銃事件を追っていたが、やがて連続警官殺人事件が発生する。
ハードボイルドとは「暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体(Wiki)」で、正にこの小説にピッタリの表現だ。登場人物は、捜査の為には単独行動や暴力も厭わない主人公・鮫島を始め、荒っぽい警官、新宿のニューハーフバー(の不良店員)、やくざ、改造銃の工房を持つ男、売れる前のロックシンガーなど、一般的な社会からはみ出た者ばかり。著者は彼らを特に褒めない代わりに貶めもせず、淡々と鮫島の行動を描いている。
1990年の作品なので、少々古いが、確かな構成力と人物描写で、期待通りのハードな刑事ものとして楽しめる。上記のようにサウナの場面から始まるので、少々面食らうが、そういった同性愛的な表現も、適度なバランス感覚で描かれているので、あまり抵抗はないだろう。新宿という街に住むアウトサイダーの彼らなりの流儀と悲哀を描こうとしているように思える。
警察小説としての側面もあって、同期でエリート官僚の香田に歯向かうシーンなどは、中々痛快だ。彼を助けてくれる上司が、家族を事故で無くして「仕事に情熱を失った男」というのもこの小説らしい。犯人や同僚も含め、徹底的に社会の本流に迎合できない不器用な人物たちが、愛情をこめて描かれている。最初はとっつきにくさもあるが、中盤からは緊迫した展開が続くので退屈しないだろう。
特徴的なのは、恋人がロックバンドの女性ボーカルということ。晶という名前のいわゆる元「不良少女」で、男言葉で話す勝気な女性として描かれている。このバンドの歌詞が作中に登場するが、それを鮫島が手直しするシーンがある。二人は恋人関係にあるのだが、その様子が時折挟まれることによって、本書がゴリゴリの警察小説ではなくなっている。いわばハードボイルド・ロマン小説といった趣だ。本作の中で二人の関係は、犯人追跡と同じくらいの重みがある。
人も死ねば暴力的なシーンも多数あるが、陰湿なシーンは余りない。代わりに銃の描写が異常に詳しかったりするのは著者の嗜好だろう。ホラーではないが、かなりスパイスの効いた刑事物(警部だが)として楽しく読めるのではないだろうか。因みに長編シリーズとしては10巻まで続いているようだ。機会があれば続刊も読んでみたいと思う。
(きうら)