- 考え抜かれた時代小説短編集
- テーマは日本刀≒刃≒死と生
- 素直に称賛できる文体と内容
- おススメ度:★★★★☆
率直にって素晴らしい短編集だと思う。「たまには時代小説でも読むかな」という安直な動機は、驚きを伴った感動に変わった。6つの短編はどれをとっても密度が濃く、物語の展開もさることながら、登場人物の気持ちをじっくり推理し共感するという小説の醍醐味が味わえる。死もテーマの一つなので、生ぬるいこともない。一遍読み終わるごとに、一度目を閉じて物語を反芻する……そんな深みを持っている。
書下ろしでもないのに、珍しく巻末に著者自身による「あとがき」が載っていたのだが、そこに非常に興味深いことが書かれていた。著者自身、この短編を編むにあたって、相当な労力をつぎ込んでいると語っている。一篇にかける時間は約3ヵ月とある。長ければいいというものではないが、それが納得できるだけの題材と発見がある。「この知識は取材しました」というのが分かる作品をよく読むが、この本に書かれている時代や風俗、日本刀の知識は本物だ。少なくとも本物に思えるだけの重さがある。
最近、★2や★3の小説ばかり紹介していた気がするのだが、要するにそれらは「安直」なのだと気づかされた。誰かが使ったテーマ、手法、簡単に手に入る知識をパズルよろしく並べ替えただけ。真の創作に至っていないため、私のフラストレーションは高まっていたのだと気づかされた。日本刀と書いたが、それぞれが研ぎ澄まされた刀のような鋭さがある。総論はこれくらいにして、以下、ぜひ読んでもらいたいので、ネタバレにならない程度にそれぞれの話を紹介したい。
・三筋界隈
貧乏浪人が行き倒れの老剣客を偶然に介抱する話。主人公の浪人は、老人に自分を重ね、抜き差しならない人生の難しさを感じ取る。剣によって両断されるラストは、安直な「勧善懲悪」の時代劇から離れ、深く考えさせられるものがある。人間の矜持とはいかなるものか。もがけばもがくほど、深みにはまっていくのはなぜか。不器用ながら誇り高き剣人の心の交感に深く感銘を受ける。
・半席
半席とは、当人は旗本だが、永々御目見にはなっていない地位のこと。つまり子孫までは旗本とは名乗れない中途半端な位置を指すらしい。そういう立場の主人公が、長年、半端な立場のいわば「出世しない男」の上司からある調査を依頼される。「さるお方」からの依頼ともなれば、野心のある主人公は調査を引き受けざるを得ない。その調査というのが、釣りの最中に冬の川に飛び込んで死んだ老役人の原因調査である。こういう体裁を取っているので、話としてはミステリーと言っていい。この話も、真相を聞かされた時、なるほどと手を打てるような爽快感と深い余韻が残る。かくも人の心は複雑に推移するものだなのだ。上司、主人公、老役人、その息子(老人)、そのどれをとっても手抜きのない造形。面白い。
・春山入り
藩の徒目付である主人公は、ある困窮する藩の方針転換で、その方針に反対する親友を切らねばならない立場に追い込まれたように見えるが……という筋立て。親友を切るか切るまいかについて、ひたすら悩み続ける主人公の苦悩が描かれる。これも最後がどうなるか、ハラハラして読めるという面白さを持ちつつ、様々な人生観に触れることができる。刀に執着する刀商のユニークさが傑作だ。綺麗な落ちがつく、胸のすくようなストーリー。改題して、タイトルになったのも良く分かる。
・乳房
本格時代小説と思って読んでいたら、いきなりこんなタイトルが来たのでびっくりした。そういえば、池波正太郎の著作にも似たような題があったような(あいまい)。6篇のなかでは唯一、女性が主人公である。そしてまさにタイトルがテーマになっている。変化球でありながら、じゅうぶんに楽しめる内容だ。
ちょっとだけ紹介すると、夫が役目で大阪へ一年間赴任するにあたって、卑しい使用人たちに狙われるというようなおはなし。女とは、志とは、人が変わるとは何か。またしても新しいテーマが語られる。普通、短編集は何某かのテーマが共通するものだが、全て方向性を変えてくるのはすごい。ただ、この小説、ラストのある登場人物の設定に「それはいらんかったんでは」という違和感が少しだけあった。
・約定
果たし合いの日を「間違えた」剣士の話。実に技巧的な構成になっていて、なぜ「間違えたか」を当人、調べる役人、その相手の視点から、語られるというもの。少々凝りすぎて、最後の一文の「…」はやりすぎだと思うが、興味深いのは確か。ただ、この小説を捨てて「春山入り」に変えたのは頷ける。珍しくモヤモヤする。感情は推し量れないではないが、順序としては反対の方が良かったのではないかと愚考する。私も物書きの端くれとして、いろいろ学ぶところがある小説でもある。
・夏の日
最期の一篇のテーマは何と「いじめ」。しかも上司による部下のいじめでありいわゆる「パワハラ」「モラハラ」である。中身を読んでみると本当にいじめなのでびっくりした。ただ、途中から話が急展開し、目が離せなくなる。文庫本の裏には短く概略が載っているが、それも読まない方がいい。「到底あり得ないことが起こる、それはなぜか」が、語られる一篇。この本のどの短編もそうだが、一種の謎かけが最初にあり、最後にそれを納得のできる形で解きほぐすという体裁をっている。
とまあ、簡単に紹介してみたが、こんな駄文では表現できないくらいよくできた、いや、よく磨かれた短編集だ。普段は時代小説など読まない、という人にもお勧めしたい。こういう本に時々出会うので、本読みは止められない。
個人的に乳房で語られる男の友情には思わず涙した。そうだよなぁ、友情っていうのは損得じゃないんだよな、と我が友人たちの顔を思い浮かべる。題材にはネガティブな要素が多いが、ラストには人間の深みとその奥に隠れた美しさが語られている点もいい。感心しきり。一度、読まれてはどうか。
そうそう、名前だけ知っている「妻をめとらば」の著者であるらしい(今頃知った)。
(きうら)