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★★★☆☆

海の仙人(絲山秋子/新潮文庫) ~あらすじと感想、軽いネタバレ

投稿日:2017年7月13日 更新日:

  • 「ファンタジー」がつなげる孤独な人たち。
  • 性を介在させない愛の話。
  • 出てくるメシがうまそう。
  • おススメ度:★★★☆☆

物語は、春の終わりに、敦賀に住む「河野勝男」のもとに「ファンタジー」となのる男が現れるところからはじまります。敦賀半島の水晶浜で出会った「ファンタジー」は、「白いローブを着た、四十がらみの男の姿」で「日本人にはみえない」風貌です。自ら神の親戚のようなものという「ファンタジー」に、「河野」は特に不信感を覚えることなく、あっというまに二人は馴染んでしまいます。というか、「河野」は彼を気にしない感じです。

「河野」は実は、宝くじの高額当選者で、それを期に仕事を辞め敦賀で一人暮らしを始めたのですが、その暮らしぶりは、一応「海の仙人」といった感じです。「河野」は、ある日港で、「中村かりん」という女性に声をかけ、一緒にバーベキューしないかと誘います。「かりん」は応諾し、二人はゆったりした時間を過ごすのです。驚いたことに、「かりん」も「ファンタジー」のことを知っていました。

それからまたしばらくして、「河野」のもとに、以前の職場の同僚である「片桐妙子」が遊びに来ます。そこで、「片桐」は「河野」と「かりん」が付き合っていることを知るのですが、「河野」は彼女と「セックスレス」の関係だということも知るのです。その後、「片桐」は自らの新潟行きへ「河野」を誘い、「ファンタジー」を加えた3人で北陸方面へと出立します。「河野」にとっても、新潟行きは、自分の「セックスレス」に深く関わる問題に向き合うことにもなるのです。

3人の新潟行きは、短いロードムービーのようです。絲山作品には様々な車種が登場しますが、その車旅の様子は、読んでいて楽しいことが多いです。車のことはおいて、話としては、3人は新潟に着き、元同僚に再会したり、「河野」の重大な過去に向き合ったりするのですが、ここで「片桐」のとった行動は、なかなか切なくてかっこいい。「片桐」の「河野」への接し方は、絲山作品でいうと、『袋小路の男』の主人公がちょっと成長した感じを受けます。そして、新潟での別れ(旅の終わり)に続いての哀切ある後半部分は、物語的に駆け足のような気もしますが、それもくどくなくてよいです。少なくとも、お涙ちょうだい的な小説とは一線を画していると思います。

この作品で一番問題なのは、やはり「ファンタジー」の存在をどう捉えるかでしょう。私は最初読んだ時は、少しあざといかなとは思ったのですが、再読してみると、もうどんな奴なのか分かっているので、それほど気にはなりませんでした。もし「ファンタジー」がいなければ、この小説の出来がどうなっていたかを考えると、何かみえてくるものがあるのです。

「ファンタジー」はどうやら人間の<孤独>を嗅ぎつけて現れるようです。時に「デジャヴュ」みたいなもの、「裏側」、「ダミー」というように、「ファンタジー」は出会う人の記憶や深い所に関わる存在であるのでしょう。そしてまた、登場人物たちの通常ならモノローグで終わるところや、彼(女)らの会話などに茶々を入れたりして、うまく彼(女)らをつなぎあわせる、そういう役割がひとつにはありそうです。まあ、読む年代などによって、捉えかたが違ってきそうです。

福田和也は「解説」で、「現在の日本の小説」には「性的な関係だけが、人間の絆だとするような風潮もある」のだが、「絲山氏は…(中略)…むしろ性を介在させない男女の関係を描いてきた」といっている。これがもし某村上作品なら、二人の女性とすぐに何気なく簡単に関係をもっていたでしょう、玄関開けたら5分で…といった感じで。そうでないからこそ、この作品にみえる愛やかなしみは、より染み入るような気がします。しかし、「河野」がセックスレスになった原因というのも、なんかエロ漫画やエロ小説のようで、ファンタジーを感じるのですが(宝くじの件も含めて)……。

(成城比丘太郎)



海の仙人 (新潮文庫) [ 絲山秋子 ]


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