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★★★★☆

猫に関する幻想短編を四つ ~野心的縦断感想文集

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いにしえの魔術 (ブラックウッド/創元推理文庫)

猫町      (萩原朔太郎/岩波文庫)

猫の泉     (日影丈吉/国書刊行会)

ARIA完全版(1)(天野こずえ/マッグガーデン)

  • 猫と幻想(幻覚)と町と。
  • 町への迷いこみ方からみる、それぞれの違い。
  • ふしぎな出来事と猫との親和性を示す作品。
  • おススメ度:★★★★☆

ブラックウッド『いにしえの魔術』は、この中でいちばん古い作品です。話の筋は、「アーサー・ヴェジン」という男が、自分の奇妙な体験を心霊博士の「ジョン・サイレンス」に話すのを、「わたし」がきくというものです。「ヴェジン」の体験談は、彼が「北フランス」の小さな街に途中下車するところからはじまります。その街と住民に、彼は猫のような感じを受けます。また、流れてくる音楽に猫の叫びのようなものをききます。はじめは街に猫の姿があらわれるわけではありません。彼が止まった宿屋の女将に「大きな猫」のような感じをうけたり、宿屋の娘にも猫のような感じをうけたりするのです。彼は、この街にとどまりたい気持ちと、離れなければならないという気持ちとに引き裂かれながら、宿屋の娘に魅了されて、そのうち、ある集会に誘われるのですが……。

萩原朔太郎『猫町』で語られる、奇妙な体験のひとつは、「私」が滞留先の「北陸地方のKという温泉」から、「繁華なU町」へと「軽便鉄道」に乗って向かっていた時のものです。「私」は歩いて向かいたくなり、鉄道を途中下車し(『いにしえの魔術』と類似)、峠を行くことにしたのです。(この辺りは唐突に感じるのですが)なぜか「私」は、この地方の迷信である、「犬神」や「猫神」に憑かれた「憑き村」のことを思い浮かべながら歩くうちに、道に迷ってしまい、やがて不思議な美しい町に到着するのですが……。

日影丈吉『猫の泉』……日本人写真家の「私」が、南フランスにある「ヨン」という、「古代遺跡」と「チベット猫」とがいる町に興味をおぼえ、そこへ向かいます。ようやくのこと、町を発見するのですが、そこの町長から、時計塔の音に予言を聞き取る役目を、強制的に負わされます。「私」は、最初は何も聞きとることができず、町長たちを失望させるのですが、ある時、「私」は「時鐘」の音に何らかの意味を聞き取ります。しかし、「私」はそれを告げずに、泉に群れる猫たちにだけ伝えるのです。それを聞いた猫たちは、一斉にある場所に向かい、それについて行った「私」は……。

上記の3編は、というか、『いにしえの魔術(以下『いにしえ』)』以下の2編は、『いにしえ』より何らかの影響をそれから受けていると思われます。岩波文庫解説で、詩人の清岡卓行は、『いにしえ』と『猫町』の共通する部分と、違う部分を書きだしていますが、むしろ、截然と分けられること自体が、何らかの影響が感じられると思います。『猫町』は、『いにしえ』の27年後の作品のようですが、何らかの形で概要などを朔太郎が知ったとしてもおかしくはないでしょう。もちろん、知っていたからと言って何の問題もないと思います。

『いにしえ』は、主人公の「ヴェジン」が、入り込んだ街や人の歴史と深い所で繋がっていたからこその感応だったわけです。一方『猫町』は、ある錯覚から起こる主観的な現象(幻)であって、両者は町と猫になった人というアイデアは同じですが、それ以外は別なものです。そもそも、『猫町』では、「私」は「モルヒネ、コカインの類」を用いた、「エクスタシイの夢の中」への旅(トリップ)からの回復を図るための養生中に起こったものであったもので、深読みするとクスリの影響が残っていたのかもしれません。

『猫の泉』の猫たちは、(おそらく)本物の猫です。「南フランス」という場所といい、『いにしえ』の影響下にありますが、あちらは「ヴェジン」が自らを引き寄せる力に気づかないのですが、こちらは「私」が「ヨン」という町をなんとしてでも見つけるという意志を感じます。「私」は、『猫町』同様、自らの体験による記憶を、少し覚束ないながらも、しっかり自己の経験としてそれを信じている。『いにしえ』の「ヴェジン」が、自らの体験にまつわる「異常な親和力」について、必ずしも自覚していないのとは違って。

これら町と猫に関する物語や小話には、おそらく他にもあるとは思いますが、私自身がそれほど猫好きではないのでよく知りません。後ひとつだけあげられるのが、『ARIA』シリーズです。これのアニメは、ヒーリングアニメーション(別名睡眠導入アニメ)の代名詞ともよばれていますが、この漫画のひとつの大きな存在になるのが、知性をもった「火星猫」でしょう。物語は、主人公の「水無灯里(みずなしあかり)」が「地球歴2031年」に、テラフォーミングされた火星(アクア)に渡ってきたところからはじまります。彼女は、アクアの都市「ネオ・ヴェネチア」で、ゴンドラ乗り(ウンディーネ)になるために、「アリアカンパニー」という会社に入ります。その会社の社長が「アリア社長」という「火星猫」なのです。

「アリア社長」は、言葉は喋れないのですが、「人並みの知能」をもった存在で、「灯里」はこの社長に誘われるように、火星で不思議な体験に遭います。その一つが、「ケットシー」を中心にした「猫の王国」との出会いでしょう。そもそも「灯里」自体がオカルトを呼び寄せる体質なのか、数々の不思議体験や恐怖体験に遭うのですが、ある時には「ケットシー」が守り神のように、彼女を救ってくれたりします。

この漫画を読んでいて不思議に思うのは、舞台である「火星」では、殺人などの凶悪犯罪はおろか、軽犯罪や、人々に少しの悪意すら見られないことです。もちろん、これは作風との関係もあるのでしょうが、ここには、猫が何らかの形でかかわっているのではないでしょうか。この火星は、人が住める環境になるまでに、長い期間をかけて開拓されてきたようです。はじめは、まず開拓民たちが大変な苦労をしたのでしょう。

開拓民というと、(冒険者的な)有志と犯罪者がまず送られたでしょう。危険な環境で作業するわけですから、命にかかわる犯罪傾向は抑制されなければなりません。そのために人と一緒に送られたのが、「火星猫」のプロトタイプになる生き物(猫型の何か)だったわけであり、その猫たちが悪意を吸収してきたのではないのでしょうか。そう考えると、なぜこの星で犯罪が一件も起きないのか、また治安組織のようなものがないのかが分かります。

「火星猫」は地球の猫とは違うものというのもこれでわかります。また、アクアの住民の長年の悪意や害意を吸い取ってきた一つの存在が、「ケットシー」なのでしょう。だから、感受性の高い「灯里」の危機に彼(彼女)が現れるのです。また、アクアが地球より文明レベルが低いというのも、もしかしたら、猫(たち)の何らかの意志がかかわっていると考えられるかもしれません。

以上、猫に関しての幻想文学的作品をみてきました。最後は、ブラックウッドの、「ほんものの“幻想文学”は、人の子であるわれわれすべてが所有している迷信的本能の中核から生まれるもの」という言葉でしめたいと思います。これは、人が幻想作品をうみだすときにたよりになるものです。

(成城比丘太郎)

(編者注)今回は書物が多いので、最後の漫画のみ楽天のリンクを張りました。


ARIA The MASTERPIECE完全版(1) (ブレイドコミックス) [ 天野こずえ ]

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