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★★★★☆

短篇集-死神とのインタヴュー(ノサック、神品芳夫〔訳〕/岩波文庫)

投稿日:2018年8月14日 更新日:

  • ノサックの第二次大戦から戦後(西)ドイツを舞台にした作品集
  • SFや寓話や神話の読み替えまで、ヴァラエティーに富む
  • 喪失や窮乏にさらされた人々
  • おススメ度:★★★★☆

岩波書店から無料配布(?)されている「読書のすすめ」なる小冊子的なもので、著名人(作家)が選ぶ「岩波文庫の三冊」という企画があった。今その現物がなぜか手元にないので確かめられないが、そこで古井由吉と皆川博子がこの『死神のインタヴュー』をあげていたので、さっそく読んでみました。ノサックという作家は読んだことがなかったので、興味深く読めました。ノサックは戦時中のドイツでハンブルク空襲に遭っています。そのことについて書かれた『滅亡』という短篇は、真に迫ったものとして捉えることができるのではないかと思います。空襲の惨状を(間接的にでも)よく知る日本人には。

最初の短篇である『人間界についてのある生物の報告』は、「なにもかも疑うようになっている」(地球の)人間について、人間以外の生物(異星人的なもの?)が報告するという体をとっています。ここでは、「神」もなくなった人間を出来る限り否定的に捉えようとシニカルな報告文を書き上げているものの、最後はその人間に寄り添うような態度も見せています。ここから続く作品群は、この生物が見たある時代の人間について書かれたものではないかと思いました。

『人間界についてのある生物の報告』がSFのようなものだとすると、『カサンドラ』は、トロイア戦争という古代を舞台にした現代劇のように読めます。オデュッセウスとその息子テレマコスが、トロイア戦争の後、カサンドラについて話します。カサンドラは予言者で、戦争の後にアガメムノンに連れて行かれますが、両者とも殺されるという運命を持つ人物です。『カサンドラ』では、語りの視点が移行していくところが効果的です。この短篇が書こうとしているひとつには、悲劇を予見できれば、それを信じて悲劇を回避できるのだろうかという、戦後にあっては痛切な響きをもつものがあるように思えます。
『カサンドラ』と同じように、神話伝説的なものをノサック風に読み換えたものとして、『オルフェウスと……』があります。

『童話の本』は、戦災で失われた童話の本を思い出す内容。ノサックは戦災で蔵書を失ったようです。ここでは、語り手のわたしが自分の周囲にも童話のような残酷な世界が広がっていたと気付きます。
また、『海から来た若者』は、童話的です。ハンナが海で美青年を拾うという話。ハンナが自らに起きたこと、あるピアニストとの関係などを、その若者に語りかけます。彼は、海という浄化能力をもつものの具現化でしょうか。

表題作の『死神とのインタヴュー』は寓話的です。作家のわたしが死神の家を訪れてインタヴューするというもの。「人間どうしができるだけおおぜい殺しあうような実験」を行う時代には、まるで「工場」のようにただ死者が自ら死神のもとを訪れるだけのようです。戦争による大量殺戮から戦後の食糧難による餓死者まで、ただ工場のように死者が生産されるオートメーション化された時代に、死神はいかに心を苦しめたかのように語ります。しかしそういう死神も、街へ出かけては自らの務めを果たすかのように、卑近(?)な死神像を演じるのです。現代のように大量の死者が出る時代には、これといってやることもない死神。しかもこの死神は寒さに弱くて、作家が訪れた時にも寝坊しているという、なんだかニートとも思える姿には滑稽さをおぼえました。
また、『実費請求』にもユーモアがあります。絞首刑をうけた「わたし」が、幽霊的な存在となって女房へ後始末と、役人の「鼻をあかす」ことを手配するという話です。
『アパッショナータ』は寓話というわけではなさそうですが、地上と月という異なる境位を持つ場をえらんでいるところに何かありそうです。ここに描かれている「月」は、何かいわく言い難いものを志向する先にある脱地上的な世界のようにも思えます。

ノサックが空襲に遭ったことを題材にしたものとして、『ドロテーア』『クロンツ』『滅亡』といった短篇があります。これらは、どれも空襲という体験を「複数の次元」から描いたものといえそうです。
『ドロテーア』は、「わたし」がある女性から人違いされるという話。語りの視点の「境界」がはっきりとせず、それによって登場人物何人かの境遇がかえって読む方に迫ってくるようです。
『クロンツ』に出てくるクロンツとは語り手の作家が創作した人物です。自ら創作した人物と仮想的なやり取りを通して、また過去や未来の視点を通して現在のありようを実存的に浮かびあがらせたかのようです。
『滅亡』は、この短篇集で一番リアリズム風ともいえます。廃墟になった街から逃げだした避難民をめぐる人々の軋轢など、戦災の後の人間が描かれます。人間の感情や暮らしの他、瓦礫や死体などハンブルクの様子が記録されます。そこでの人々は「中心というもの」がなくなり、「根は引き抜かれて」しまっています。やがておとずれるのは、「わたしたちが変わったのは、現在に生きるようになった」という認識です。ところで、最近読んだ『原民喜』(梯久美子・著、岩波新書(Ama))では、原民喜が被爆直後に「被爆メモ」という完成度の高いものを残していたからこそ「夏の花」という記録文学的名作がうまれたとありました。そう考えると、この『滅亡』とはいい意味で文学的だなぁと思った次第です。

これら短篇集のうち、寓話的な作品がいくつかあるものの、それらはもしかして寓話として読むのではなく、それをあるがままに読んだ方がいいのではないかと思います。『死神とのインタヴュー』は寓話的なものではなく、死神そのものがいるというように読むと、なんとなくリアリスティックなかんじがでてくるように思えます。

(成城比丘太郎)


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